憑依

『 星椎先生、姫路様、スタッフの皆様
大阪のHです。
本日のご先祖様のご供養、誠にありがとうございました。
くもり空でしたが、ところどころ青空も見える良いお天気でした。
いつもは、浄霊前は頭が痛かったりするのですが、今回はそのようなことは何もなく、毎朝のジョギングをしていたのですが、途中から腰の周りが重たくなり、今日ご供養するお二人がしがみついてきたかな?と思って走りながら、いよいよ今日だから無事にご供養を受けてね、二人にはメールでひどいこと書いてごめんなさいねと謝りました。
そしたら涙が溢れてくる感じがして、今まで苦しかったんだろうな、と思いました。
ご供養の時間は、昨日まで居た子供も学校で留守だし、今日リモートで会議があるのですがなぜか昼からに変更となったので静かに瞑想することも出来ました。
特に何か見えたわけではありませんが、いつもより早めに瞑想が終わった気がします。
先日、コラムにも記事を掲載していただき星椎先生のコメントも頂いたように、もう見える、見えないにこだわりは無いのですが、瞑想出来る時間が取れる時はご先祖様を想おうと思います。
ありがとうございました。  』

  

星椎水精氏のコメント

肉体がなく、喋ることもできない先祖にとっては、憑依という形でしか伝える手段が残されていない。浄霊前の体の不調も、先祖の苦しみを理解する上で必要なものである。メールにあるように、見える見えないではなく、先祖の救済という視点で浄霊を申し込むと良いだろう。