さまざまな霊障について

自殺について|先祖供養

自殺者の浄霊

自殺者の浄霊は、世界中を探しても私しか出来ない。お祈りや経典の読誦だけで浄霊が出来るなどとは思わない方が良い。自殺者の浄霊は、それほど簡単なものではない。私から出る上昇パワーで一気に霊界まで押し上げる。この力を理解したものは、申込者の中に大勢いる。すでに、体験談に記載されているように、多少でも霊感のある人たちは、確実に理解しているようだ。年間3万人以上の自殺者の魂の救済は、他で迷うより、ここで確実に行うことをお勧めする。

  

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自殺の影響

自殺はエゴの塊の行為である。したがって、自殺を行った時から、その周囲に迷惑がかかる。例えば、福岡のビルで最近自殺があったが、そのビルで仕事をするものが、必ず影響を受けてしまう。霊感のないものでも、肩が重い、眠れない、仕事のミスが多くなる、などの症状を起こすようだ。最後は、そのビルでの空き家が目立ち始める。
投身の場合は、落ちたその場所に、霊感の強い人が通ると、何らかのショックがあり、憑依されることも多い。それだけ、自殺した霊は、苦しみを訴えているのである。自殺した瞬間は楽だと思うだろうが、それからの苦しみが凄まじいのだということを、これから自殺するものは考えなければならない。

  

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自殺の行為

自殺の行為は、気の弱いものにとっては先祖の憑依で魂が萎縮し、そのまま自殺へと導かれるようだ。気の強いものは、先祖や魔からの憑依を振るい落とすための行為で、飛び降り自殺を試みる事がある。
芸能人の窪塚洋介は、悪魔に取り付かれ自宅から飛び降り自殺したが、網に引っかかり助かっている。この場合、悪魔と先祖の計らいによってなされたものである。
しかし、大半は先祖が導いている。末裔のものは先祖を恨む場合が多いようだが、先祖のことを考えもしないのでは、止むを得ないことである。特に、最近の若いカップルから生まれた子供は、全くと言って良いほど、先祖に関しては無知である。このようなものたちには、先祖も期待することなく、自殺の道を選ばすことを願って行く。先祖もそのような自殺の行為をさせるのは、実は、「一か八か」の勝負に出ているようだ。

  

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親族へ

自殺をするものは、自分が楽になることだけを考える。しかし、亡くなってからの苦しみは想像を絶するものがあり、必ず友人、愛人、親族にすがって行く。甘く考えていた自殺というものが、こんなに怖くこんなに真っ暗な世界だとは想像もしなかったであろう。
例えば、作家の三島由紀夫が自殺した後、川端康成も自殺した。これは、完全なる憑依現象である。これと同様に、家族や愛人にも確実に波及する。
戦国時代に戦いに敗れ、自決した場所で家を建てたなら、完全に憑依される。そして、家族は変死を繰り返す。
自殺したものは、わずかな望みを親兄弟に託し、藁をも縋るように憑依する。この現象は、親族まで広がりを見せる。
今は私とは縁がなくなった遠い親戚の叔父に当たる人の兄が、筑豊で自殺した。その叔父は、兄の自殺に落胆し、葬儀に出向いたものの、それ以来、具合が悪くなり、数年で痴呆症となって最期を迎えてしまった。私はその親戚とはあまり交流がなかった。人間味のある親族なら良いが、人間味の全くない親族だったので、魂が侵入できない壁を作った。しかし、一般の人はそのようなことが出来ないので、悪い親族に憑依されるままであろう。自殺霊の憑依という親族への波及は、これを食い止めるものがいない限り永遠に続く。

  

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自殺願望

自殺願望は、本人の意思ではない。では誰の意思かというと、先祖の意思に他ならない。遡れば、戦国時代、その前後には自殺を美徳とした時代が日本には存在する。外国人は、これを「腹切り」と表現する。戦前から戦後にかけても、自決が大和魂の美徳と賞賛された。特攻隊もその一つであろう。自決を美学とした三島由紀夫も、その一人である。
本人の自覚が、自分の壁を乗り越えられずマイナスの意識を招いたことにより、波動が先祖の自害と一致してしまう。或いは、マイナスの波動の場所へ行き、一瞬の気の緩みから同じ波動を持った魂と共に自害へと導かれる場合もある。
これらの一瞬の行動には、本人が前を向いているか後ろを向いているかが決定的な行動となってしまうようだ。一旦、その選択をした時には、取り返しのつかない道を選んでゆく。それからのパワーは、マイナスを帯び、プラスのために乗り越えるパワーがなくなってゆく。弱くなった魂は、自害を行った先祖或いは浮遊霊に肉体を奪われ、廃人同様となってしまう。
山を登るときのパワーは、大変なエネルギーが必要だが、足を滑らせ転落するのは、一瞬のことである。自殺願望は、この一瞬の隙からの先祖或いは浮遊霊の憑依を起こす原因となる。この一瞬の隙を作らないことも大切だが、先祖が憑依しているという自覚が必要だろう。その憑依を払うために、いろんな霊能者やテレビに出る者たちに頼っては大変なことになり、何も解決が出来なくなってしまう。先祖に対して知らん顔するものは、そのような場所に、相談する結果となるだろう。それは、自分の欲が強いために起こる現象で、自分の親族から、いずれ自殺願望のものが出るだろう。子供ができ、さらに孫が出来る頃、初めて思い知ることになる。それは、自分さえ良かったら良い、というエゴから来ている。将来、自分が亡くなって成仏できないでいる時に、今度はどのような憑依を孫や子供にするというのだろうか。まさに、マイナスの歴史は繰り返し、その集積である自殺願望は、その家が絶家となるまで続く。

  

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自殺の瞬間(1)

飛び降り自殺の場合、地面や海面に叩きつけられる前に、意識を失ってしまい、魂はそのまま抜けてしまう。がしかし、逆に魂だけになった時、魂の自縛にあい、落ちた瞬間の意識が芽生える。それは数億回と言う気の遠くなる恐怖を味わうだろう。つまり、魂は肉体が落ちた恐怖の軌跡を数億回も繰り返される。もはや、その恐怖から逃げ出すことも出来ない結果となる。その助けを求めて、霊感の強い人にすがることが多い。
つまり、デパートの屋上から飛び降りた場合、飛び降りた霊は周囲に霊感のあるものを探し憑依する。憑依されたものはその場を去ってしまえば良いが、マンションからの自殺であれば、そのラインの周囲のものが憑依される。その場合、引越しをするか、こちらでの除霊ではなくて浄霊をすれば、必ず憑依から逃れることが出来る。
自殺は、自分さえ良ければというエゴの塊であって、地球をより良くするという義務を忘れた魂に他ならない。ただし、その恐怖は、ジェットコースターの数万倍といわれる。

  

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自殺=先祖

自殺が先祖からの憑依であることを前回述べたが、その連鎖が絶えず続いている。これも一つはマスコミの影響が非常に強く、簡単にその場から逃れる方法をマスコミが誘導していると思われる。日本人の単純さは、髪の毛の茶髪を見ても分かる通り、マスコミの影響がすぐに出る風潮を持っている。昨今の鳥インフルエンザでも風潮被害をもたらしたかと思うと、そのまんま東の発言で風潮被害を抑えたなどと、非常に根拠のない短絡さだけが浮き彫りになっている。それほど日本人の根本は、根拠のない風潮がまかり通っているのである。一つは論理に弱い哲学のなさが上げられる。だから、江原や細木のような偽善者を堂々と認める形をとるのであろう。
これと呼応して、先祖は人間の世界だけではなく、先祖たちも興味を持ってテレビを見ている。それは見ているだけに留まらず、その行為を末裔に憑依して、実行させているのである。自殺はマイナスの要因を大きくさせ、そのマイナスに弱い神経を同調させるだけで簡単に自殺に誘導できる仕組みになっている。
この先祖の経緯には、大いなる先祖同士の話し合いの結果生じたのであって、短絡的に先祖は考えてはいない。そのような短絡的な子孫を生ませ、あえて考えさせているのである。
自殺=先祖という構図の深さをもっと真剣に考えるべきであろう。

  

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自殺への甘い罠

自殺は楽だと思うものが多い。やはり、そこには甘い罠が潜んでいる。服毒自殺の場合。霊界へ行く道を本人は望むだろう。しかし、上に上がろうにも叩き落されてしまう。気がつけば病院の上で寝ており、その後遺症に痛み苦しむ。苦しみはその限りではなく、一度空いたオーラから生霊や悪魔の類が出入りする。それによってノイローゼが起こりやすくなる。再び完全なる自殺を試みるが、自殺した瞬間に、重苦しい腹痛が、数百倍の痛みが永遠に襲い続ける。自殺への扉は簡単に入れるが、その痛みが永遠に続く事をまずは考えるべきだろう。その苦しみを味わうくらいなら、人生で一生懸命に働けるはずである。そして、その近くには痛みに耐えられない地獄界の阿鼻叫喚が耳に入ってくる。彼らは、物凄い声で「たすけてくれ!」と叫び続けている。その仲間に自殺者は入らなければならない。

  

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自殺者の浄霊

今回は、自殺した人を浄霊した体験談を取り上げてみた。浄霊とは、極めて困難なもので、一般の霊能者や宗教団体が行うのはままごとのようなもので、実際は全く出来てはいない。宗教団体というのは、信条や教義を司る以外には何も教えてはいない、いわゆる空想に過ぎないのである。現実味がないために、家庭などに起こる不和が一向に解決できない。本当に解決し始めた時は、次のような現象が起こる。しかし、このような事が分かるのは、冷静な魂の動きをキャッチできる感性が必要であろう。

『 自殺した母の葬儀では、外気が30度を超える気温でしたが、式場内は氷のような空気が漂っていたのです。今まで味わったことの無い、とても冷たいものとなりました。葬儀が終わるとすぐに、母を成仏させてもらえる霊能者の人を探したのでした。「自殺者は成仏出来ない」と知っていたからです。それは以前、心霊やUFO等、ミステリー関連の本を読んだことがあり、少なからず知識はあったからでした。インターネットを検索したところ、数ある関連サイトから星椎先生のホームページにたどり着く事が出来、近いうちに母の浄霊をお願いする事に決めたのです。
 それから何日かして落ち着いた頃、現場になった旅館へと迷惑をかけてしまったお詫びに訪れて、帰宅してからの事です。突然重いものが覆いかぶさるような感覚になり、思わず猫背になってしまうような症状に見舞われ、気持ちも言いようの無い暗く重い感じになり、これは間違いなく憑依だなと、実感しました。今まで生きていて、その様な事には無縁だっただけに正直、驚かされました。次の日には、父が左手を火傷したりで、恐ろしささえ感じた程です。自分自身、もやもやした重い気分に支配されてしまったようで、このままだと危ないなと思い、心から母に念じてみました。「必ず成仏させてあげられるから、もう少し待って」と。そうしたら、すっと身体が少し楽になったのです。霊障は少し軽くなりましたが、後日右手を見えない手が一瞬掴んだ感覚があった事がありました。これは母の手だと、不思議と感覚的に分かったのです。きっと一刻も早く楽にしてほしいのだなと、そう思いました。
 そして、浄霊の日です。指定された時間に目を閉じていると、瞼が無意識に痙攣をおこし、何か黒っぽい渦が巻いているような物が見え、それが後に散れて無くなりました。それと同時に小さい稲妻のような光が二本見えたのを覚えています。目を開けると、いつもと同じ景色ではありますが、空気が澄んだように明るく見え、左のわき腹辺りから、何かが引き抜かれていくような、変な感覚がありました。そして一番驚いたのが、あれだけ重くて暗かった気分が、とてもスッキリして、とても嬉しくうきうきしてきたのです。僅かの間に、しかも自宅で目を閉じていただけで、人の気持ちが180度変わるのは有り得ない事だと思うのですが、現実、そうなったのです。身体も、だんだん軽くなり、うきうきした気分には、かえって不謹慎なのではないかと思う程でした。本当にあの時は助かりました。先生と出会えなければ、今頃、自分はどうなっていたのかと思うとゾッとします。その事がきっかけで、先祖供養の大切さを知り、実行して行こうと決めたのでした。
 まずは、身内で亡くなった順番にという事で、妻の父と祖母を浄霊していただいた時の事です。自分自身には変化を感じることは無かったのですが、二人を思い浮かべると、ホッとした気分になりました。
 母方の祖父ですが、やはり何も感じることが無かったのですが、後日、送られてきたお手紙には、“それほど天使達の手を煩わせる事なく、宙をふわふわと浮いて・・・”と書いてあったのを読んで、納得しました。祖父の葬儀の時、久しぶりに集まった親類たちが、和気藹々としていて、楽しい雰囲気さえ漂う葬儀だったのです。祖父は生前、おおらかで、誰にも恨まれないような人柄だったのを覚えています。
 父方の祖母の時は、身体が軽くなりました。お手紙には“白地の着物に金のししゅうのが入った黒い帯姿で正装・・・”と書かれておりましたが、この着こなし方は普通の人はあまりしないと思うのです。祖母は生前、美容師をしており、着物にはかなりのこだわりがあったと聞いておりましたので、魂になっても生前の趣味が現れるものだと思いました。
 父方の祖父の供養が決まった頃から、とても空腹感が出始めたのが、浄霊が終わると、その症状が治まったので、食料の不足していた戦時中に亡くなったので、お腹をすかして亡くなられたのではないかな?と思いました。
 供養を進めて行くうちに、毎日欠かさず飲んでいたアルコールを、あまり飲みたいと思わなくなり、今では殆ど飲まなくなりました。これは他の人の体験談にもありましたが、ちょうどその頃、同時進行で長年吸ってきたタバコを止める事が出来たのです。喉の調子が悪くなったことがきっかけですが、さほど苦労する事も無く、すんなりと禁煙に成功出来てしまったのには、周囲の人も驚いていました。もしかすると、ご先祖様がそうしてくれたのではないかと思います。
 まだ供養を始めて僅かではありますが、自分なりの感想として、自分に強く憑依していたり、親など近しい人や重い魂程浄霊前後に強く変化が現れるみたいです。それに何も感じなかった場合でも、成仏した故人を思い浮かべると安心した気持ちになります。
 先日、自殺したS家の曾祖母を浄霊していただいた後、実家を訪ねたところ、現場になった場所が明るくなったように感じました。また、妻の母親の癌も今のところ、経過は良いみたいです。
 時々晴れた空を見上げては、あの人は今頃、天の上で何をしているのだろうか?と感慨深く眺めては、まだ成仏していない先祖様を上げなければと思う次第です。 』


浄霊が出来るのは、世界中で殆どいない。自殺者を浄霊できなければ、浄霊が出来るとはいえない。それほど、膨大なエネルギーが必要であり、地球の神との連携が出来ているかである。私が行っている浄霊は、地上で彷徨っている、しかも人間に危害を及ぼす霊の浄化をし、世界を平和に導こうとしているのである。教義や架空のものを祈祷したところで、この地上は平和にはならない。いわば、全く勉強しない人間が、いきなり桃源郷を作ろうとするのと同じであり、机上の空論に過ぎない。それにしても、一人でも早く、自殺者の重い霊体を浄化してあげることを望む。そして、浄霊がどれほど大切な事か、現在のようないつ戦時体制に入るか分からない時代こそ、その重要性が分かるだろう。

  

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自殺した母の浄霊

今回は自殺した霊を浄霊した時のもようだが、スタッフの姫路と遠く離れた自宅から全く一致した映像を捉えたことを伝えたメールが送られてきたので、ここに紹介してみたい。

『  先日は、本当にありがとうございました。お手紙も早々に頂き本当に感謝申し上げる次第です。
 16日は仕事がありその時間帯全てを瞑想に費やすことが出来ませんでした。ですが、後日姫路様より頂いたお手紙の中の母の姿を伺い驚きました。私が瞑想の中で見た母と同じだったのです。私が見た母も両手に花を持っていました。重くうな垂れた暗い姿でしたが・・・。それでも、先生のお陰で成仏出来たと伺い安心する次第です。母は後悔したのですね。静かに安らかに過ごせているのでしょうか?本当にありがとうございました。これからも少しずつ出来る限り行っていきたいと思っております。遅くなりましたが、先生に宜しくお伝え下さい。失礼とは存じましたが、メールにてお礼を述べさせて頂きました。   』

自殺した霊を浄霊する時は、祭壇の前では「重くうな垂れた暗い姿」で現れる。祝詞や神の引き上げでは到底上に上げる事は不可能である。私の下からパワーで一気に上げるしか方法はない。霊能者は、この神仏の力を借りてお祈りだけで浄霊を行おうとするが、それは全く出来るものではない。
この母親の優しさは、手に花を持っていることである。大方の自殺者は、親族に憑依をするのが精一杯で、花を持って現れる事はあり得ない。自殺した事で、次の転生は難しいと思うが、魂の根源である感謝の気持ち(花)を持っているので、上から何らかの恩赦があるのかも知れない。

  

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