体験談
夢
有難うございました! 今朝食事を親の所に持って行った時母が朝方見たこともないのに先日上げて頂いた後妻さんの夢を見たそうです。きっと今日上げて頂いた叔父の事を喜んでいるのだろうと思います! それから今日、月に一度母を循環器の病院に連れて行きましたら、先生に顔つきが変わって良くなったと言われました。美容院でも先日言われました。今まで言われた事もないのに!少しずつ良くなっているのかもしれません。これも先生、スタッフの皆様の御蔭です。本当に有難うございますm(__)m 。これからも頑張ります!
投稿者:N.Yさん
17歳の少年からの感想
本当は、僕は今日、部活で山にいっているはずだったのですが、休もうと思っていたら、その前に、雨だから中止ということになりました。関係ないかもしれませんが、悩んでいたのでホッとしました。その日は、朝から、頭痛がひどかったです。頭が痛くて、眠気もひどくて、瞑想前に一眠りしました。瞑想中は、ずっと、”成仏してください”と心の中で唱えていました。瞑想の中で、見えたものは、普通の光の点は沢山。目の前に、ふと現れることもあれば、沢山の光の点(夜の住宅を上から見たような感じの光)も見えました。それが、上にあるときもあれば、目の前に広がっているときもありました。最後に近づくと、大きな赤い卵??のような感じのつぼみ??のような感じのものが右上に見えました。おそらく、ご先祖様が、みせてくれたのでしょうね。うれしいです。最後、言葉として、”世話をかけたな・・・”っと聞こえたような気がしました。それと、今では頭痛はしてはいません。僕は、妹が二人いるのですが、上のほうは、一緒に瞑想をしていて、胸の君あたりが痛くなったとか。下のほうは、午後からしてもらったのですが午前中眠くて仕方がなかったとのこと。母は、ちょうど東京のほうにいっていて、忙しくてわからなかったようですが。父には、まだ確認がとれませんが、おそらく同じでしょう。(父は、今単身赴任で海外にいます。)そして、前の浄霊から、いろいろ生活が変わってきて、とてもうれしいです。例えば、いままで、父が電話ぐらいだったのに、今年の母の日には、父の母に、欄の花束をプレゼントしたりとか。仲がうまくいかなかった友達とも、自然とうまくやっていけたり。小さな、きれいな花が咲いているのをみているだけで、感動できたり。いろいろ変化が起こってきて、とてもうれしいです。ありがとうございました。これからも、よろしくお願いいたします。
投稿者:Y.Fさん
青い光
いつもお世話になり有難うございます。
4月18日に6名の供養をして頂き有難うございました。お手紙何度も何度も読み返し、応援の天使が11人もこられて大変うれしい思いがしました。その時間私は眼を閉じているにもかかわらず瞼に現われる光景に眼を見張っていました。最初一瞬に青い光が現われて消え又現われました。 しばらくすると楕円形の雲のようななにかやわらかなまるで大きな花びらのようなものが見え、その真ん中にすうっと吸い込まれていくものがあります。かわいらしい人形のような形をしていました。その光景は二回続きました。そのあと前回 従兄弟を供養して頂いた時と同じように、足もとからあたたかいものを感じ全身が軽くなりました。
主人の両親と私の父は久しぶりに会えて喜んでいたと思います。A子さんも喜んで下さって本当によかったと思います。水子の二人もどうぞ幸せになって下さい。
今私は、ご先祖様を身近に感じるようになりました。そして不思議なことに、まるで後ろから矯正されているかのように背筋をまっすぐのばして歩く事ができます。
今年になってから、3月に息子の就職が決まり、娘は7月に結婚式を挙げます。庭のゴールドクレストの木の根元にほったらかしにしていたゼラニュウムが真っ赤な花を咲かせ、ローズマリーは久しぶりに、薄むささきの小さな花を咲かせ何かとてもうれしくなってきます。
今後も供養をずっと続けていきます。有難うございました。
投稿者:K.Hさん
感謝の気持ち
今回は初めて宇宙クラブを訪れ、皆様にお会いし、お話することが出来たことをとても有難く感謝しております。そして、星椎先生の浄霊を間近で体験させて頂くという貴重な体験をさせて頂きました。
祝詞が始まり、当家や墓所が清められて行き、皆様が無事に成仏されることを念じ瞑想していると、大きな龍がゆっくりと蛇行しながら昇っていく状態が現れました。黄金色の龍でその一枚々の鱗もくっきりと見て取れました。このような大きな龍を見たのは初めてのことで大きな感動が身を包みました。終わった後に見たことをお話すると、先生がここには龍神もいるからと言われましたのでその一部が見えたのかなと思いました。それら諸神が見守る中ご先祖様達は成仏されたのだなと実感することができました。
そしてその後、思いもかけず天皇家の浄霊に立ち会わせて頂くことが出来ました。少し緊張し、綏靖天皇から文徳天皇(違ってたらすいません)までの皆様が成仏されますよう祈る中、星椎先生のアトランティス語でのお祈りが始まると、大きな淡いピンクの蓮の花が周囲にたくさん浮かび上がって来ました。それらがすうっと消えて行くと同時に、黄金色の冠帽を被り、その肌も黄金色の筋骨隆々たる人が現れました。その人は両手を上に大きく挙げ、直径1m程もある黄金色の円盤か鏡のようなものを持って八の字状に大きく回している映像が見えました。アトランティスでの祈りの情景なのでしょうか。
全てが終わった後は清々しく明るい気持ちで満たされました。本当にありがとうございました。
今では、ご先祖様が私を選んで浄霊をさせて下さったことに感謝の気持ちでいっぱいです。これからも日々努力してまいりますのでご指導を宜しくお願い致します。そして、どうか一人でも多くの方が星椎先生の浄霊を受けられ、幸せになられますよう、また、少しでも地球を浄化し、地球の魂に感謝の気持ちが持てますよう願って止みません。
投稿者:K.Mさん
自殺した義母の供養
星椎先生、スタッフの皆様、このたび義母の供養で大変お世話になり、本当に有難うございました。星椎先生と出会えたことを、心より感謝申し上げます。
母は、20年近く前に自殺したのですが、当時母は、創価学会員で、私は阿含宗会員。
嫁・姑が違う宗教を信仰していたため、一時期ゴタゴタしておりました。その後、亡くなった母は、阿含宗で成仏供養して頂きました。そしてこの20年間、先祖供養と、因縁を切るための修行を続けてきましたが、私は苦しみの連続で、心が休まる暇もなく、家の中もどんどん悪くなって行き、このままでは、自分もあぶない、もうもたない、そこまで追い込まれました。そんな時、星椎先生のコラムと出会ったのです。
端から端まで、何度も何度も読み返し、「私が苦しいのは、先祖が成仏していないから」と、正直愕然としました。それから数ヶ月間、悩んだ末、思い切って電話をかけ、色々と相談させて頂ました。その中で、母の話になり、すると「まだ成仏していないですよ」と指摘されました。ショックでした。そんなはずはないという思いと、そうだったったのかという思いが半々でした。
しかしそうならば、一刻も早く供養してあげたいということで、先生に浄霊をお願い致しました。当日、浄霊の時間になり、瞑想していると、11〜12分たった頃、前方から光のエネルギーが「ありがとう」と言う声とともに、バーンと来ました。同時に悲しくないのに涙が流れるのです。この涙は、母の嬉し涙だ、そう直感し、「なんということだろう、これが本当の供養だ」そう思ったら、今度は私の方が泣けて仕方ありませんでした。
15分すぎにお電話があり、「お母様霊界に行かれましたよ。おめでとうございます」と。
後日、供養の様子のお手紙を頂ました。大国主様、阿弥陀様、観音様がお出迎えして下さったとの事。そして母から私へ、「本当に有難う、永い間とても苦しかったです」と言うメッセージ。手紙を読んでまた泣けてしまいました。
母はずっと苦しかった、成仏していなかった、だから私も苦しかった。
この20年間、母を含め、たくさんの御先祖様を供養してきました。しかし、成仏していないということが分かった今、御先祖様に深くおわびし、今後、星椎先生のもとで一から出直しさせて頂こう、そう誓いました。
今回、星椎先生のパワーを体験させて頂いて、ギリギリのところで、救われた私は本当に幸せ者です。
私には霊感というものはありませんが、それでも先生は次元の違う凄い方です。
まだ供養は一体ですが、今までと違うことは、供養のあと、うきうきするということです。本当の供養をしたならば、先祖も自分も家族も幸せになるということなのですね。
真実と出会えたこと、心より感謝致します。ありがとうございました。
投稿者:Sさん
悩み多き過去から穏やかな日々へ
私が19歳のときに父は脳血栓で倒れ、寝たきりの生活になってしまいました。父がベットの上の生活から開放されたのは、それから18年後。わたしが37歳の冬でした。
病院からの知らせで、亡くなった事を知り、私の頭の中では、やっと苦しい生活から天国に行けると思っていました。法要事で毎日忙しい生活をしていましたが、一人になると父の事を思い出し泣く毎日を過ごしていると、不思議な夢を見ました。夢の中で父が、黒い寝台車の様な車で坂道を降りていくのです。私は反対に坂道を登っていました。何の意味もない夢でしたが、何故か気になっていました。その頃、私自身は、食中毒、メニエール病、パニック障害と次々と病気を抱え、母は急に精神状態が悪くなり、その上、両眼失明の可能性も出てきました。私自身、ぼろぼろの体調で、母の目の手術につきあい、退院させましたが、精神科に入院となりました。そんな時、霊感のある友人が、涙を浮かべ、「お父さん成仏出来てないから、助けてあげて」と助言してくれました。その友人は父の葬儀の時も、半身しびれ、激しい頭痛を体験していました。友人の紹介で星椎先生に、父の浄霊、そしてスーパー浄霊をして頂きました。あれだけ毎日泣いて過ごしていたのが、今は穏やかな気持ちでいられます。あの時の夢も苦しい状態が、魂だけになっても続いている事を、私に知らせたのだと思いました。
浄霊をして頂いてから、不思議な事が続くようになりました。母の顔にあったシミが消え、精神状態が安定し、今では、老人介護施設で毎日、過ごしています。友人も出来たようで、面会に行くと、楽しそうに話しているのです。精神科に入院していた顔とは別人の母がいました。このまま穏やかな生活をして欲しいと思い、霊障を受けやすい母を守りたいと考えた私は、姫路さんに相談しました。そして母方の先祖をひとりひとりでも進めようと決めた週末、母の介護施設に行くと一番大きい、不思議な事がありました。母は目の手術で失明は免れたものの、視力は、「コップが前にあるのがわかるぐらいまでしか回復しません」と医者に聞いていたのですが、本が読みたいと言い出しました。私は無理だと思い、近くにあった新聞を渡し、「これ読める?見えないでしょう?」と聞くと、すらすらと読み出しました。見えるはずがないのにと何度も思いましたが、目の前に新聞を読む母がいました。今度の週末は、本を買って、母に会いに行く予定です。
投稿者:S.Sさん
自殺者の浄霊
以前より、こちらで御供養を進められている方の紹介で、今年の中旬より御供養をされてまだ間もないHさんが、ご自分の先祖供養をされてから、今年受験のお子さんの様子がいつもの彼らしくない事が気になり出していたそうです。(「切れる」と言う表現がそれに近いと思いました。)その話の中で、霊感のある同僚のSさんが「もしかして、その男性が取り付いているのかも・・・」と察知して浮上した話が、今年の1月5日に、同じマンションの住人で、一人暮らしの男性が飛び降り自殺した話が出たのです。
よくよく伺って行くと、子供さんの状態が少しおかしくなりはじめたのも、その事件後かららしく、そのお母さん(Hさん)が話されるには、受験生の子供さんは、もともと霊的感性は持ち合わせていらっしゃるみたいで「家の中で黒い影を見た」とか、お部屋での勉強もドアを開けしていると(彼の机は窓の方向)自分の背後の廊下に、何かの気配を感じ、その気配が何かを知る為に写真を撮ったりまでしていたそうです。それでもその時は、その自殺した男性の霊とは気づかない状態で今まで来られていました。
そしてその事を星椎先生にお話した処、それに間違いない、と言うことを言われたので、急ぎ、その事をHさんに伝えました。ただ伝えるに当たり、少しの戸惑いはありました。それは、その自殺者が身内でないと言う事実です。この問題をHさんはどのようにとらえるのか、その不安も少しはあったのですが、内心複雑なお思いで、その事を話しました。すると、なんとHさんは心のある方で、「これも何かの縁でしょうから、頑張ります」と言われたのです。
それから1月26日にその自殺者の方のご供養が執り行われました。
ご供養後に電話連絡をいれますと、当日は急に背中の筋が痛くなり、御供養時間に瞑想を始めると、左の顔面の頭から、ほほ骨の辺りが痛くなったそうです。とにかく心の中で「成仏して下さい」と唱えたそうです。それからです、背中の痛みが取れ始め、それが段々上にあがり、顔や頭まで痛みが引いたそうです。痛みの取れた時に「瞑想」を止め、時間を見ると2時10分過ぎで、成仏出来た事を確信したそうです。
自殺者の御供養を決めてから(その前からの先祖の御供養も含め)、息子さんも明るなられ、今では受験にも前向きで、Hさん自身も「あれ?この子ってこんなに明るい性格だったのかしら?」と思うくらいに彼が落ち着いたそうです。
そのお話を嬉しさ一杯に話されたHさんに、今回の「偉業」を神々が称えておいでの旨を伝えました。
「先祖供養」と一口に言っても、なかなか出来ないのが現状の中で、ましてや赤の他人に対しての、人助けが出来るHさんの「心の豊かさ」。
「袖振り合うも多少の縁」とは言いますが、まさにその典型を行かれるHさんでした。
今では、お子さんの変化についても、しつかり見極めができるまでに、先祖供養を通して成長された姿が、なんとも頼もしい限りです!
投稿者:姫路令子(Sさんの代筆)
感謝の気持ち
姫路様、今日手紙を受け取りました。ありがとうございました。供養の三日前の20日に夢で年老いた女性が出てきたり「供養してくれてありがとう」という文字が出てきたりしました。供養当日、午後1時ごろから何か自分の頭頂部になにかエネルギーのようなものが体内に入ってくる感じがして、仕事になりませんでした。2時15分くらいまでそういう状態が続きました。2時くらいに何か小さな泡のようなものが目の前に現れました。おばあちゃんかなと思いました。
供養をしていただいてから2日しかたっていませんが本当に穏やかな気持ちです。世間ではいろんな事件があり、経済を含め日本の状況は非常に暗く、自分も何かにつけマイナス思考でした。とにかくプラス思考になれない自分でした。が、供養をしていただいてからなぜか気持ちが穏やかです。やはり自分の心に対して御先祖の影響があったのかなと考えてしまいました。
投稿者:Mさん
実感
この度は、祖母のご供養を執り行っていただき真にありがとうございました。
すでに明らかな変化を自分の中で感じて居ります。まだ、ご先祖の供養は二体なのですが、自分の中に今までになかった存在しなかった「充実感」というものを実感して居ります。星椎先生のコラムにも書いてあったようにお金や名誉よりも自分の中での充実感こそ幸せなのだということ。非常によくわかりました。そのためには、先祖供養が欠かせないということもよくわかりました。
供養する当日、午前中とてもふわふわした気持ちになって、爽やかで明るい音楽が自然と流れてきたことが印象的でした。まるで、祖母の気持ちを表すかのようでした。ありがとうございました。とても、感謝をしています。 手紙にも書いてあったように祖母がとても喜んでいたことを実感いたしました。
引き続き、先祖供養の執り行いをよろしくお願い致します。
投稿者:Y.Mさん
ニートの問題
年末のお忙しい時期に、当家のSUPER浄霊を執り行って下さいまして、真にありがとうございました。
その直後から、パソコンにはまって、何年間もニート状態であった長男が突然、勉強を始めました。これまで、自分が時間を無駄にしたことを悔いて涙を流したのは、本当に驚きでした。
かなり、長期にわたって勉強から遠ざかっていたものですからどのくらい持続するかわかりませんが、しっかり見守ってやりたいと思っております。
姫路様のレポートも有難うございました。様子がわかりますと、そのような力のない私共には大変励みになります。
また、しばらく致しましたら連絡させていただきたく存じます。
投稿者:K.Sさん
SUPER浄霊をうけて
昨年はT家、M家の供養で大変お世話になりありがとうございました。
供養後の状況などの連絡をと思いながらとうとう年を越してしまいほんとうに申し訳ありませんでした。
供養後一番の変化は私自身で自分中心の生活で相手の気持ちなど真から思いやる気持ちに欠けていたように思います、そのため気に沿わないとすぐ文句を言ったり、主人と衝突したり、義母に対して覚めた態度で接したりしていました。供養後は全く穏やかで、こだわりもなく、気持ちがいつも軽いということ、そして物事を素直な気持ちで受け入れられる様に成った気がします。
昨年12月の半ば義母(91歳)が、家の中では歩けたのが突然這うようになってしまいましたが供養以前の私でしたら、手の掛かる状態に気持ちよく接することが出来なかったと思います。自分の時間がなくなるとか、病院に入れたほうがいいのではとか、不平と、不満でいっぱいの状態になり、ギスギスした生活になったと思います。
でも今は気持ちにかなり余裕があり、義母に対する気持ちも以前より自然に接することが出来自分でも驚いています。
そして12月末ころからは、這っていたのにまた突然歩くように成ってくれました、年齢的に這ってしまったら歩くことは出来ないと思っていたのですが這う前よりは少しゆっくりですが立ち上がったのにはびっくりしています。ほんとうに「おばあちゃんありがとう、ご先祖さまありがとう」と言う思いでいっぱいになりました。
本当に供養していなかったら私自身が自然の筋道からどんどんはずれそれに気がつかずどんな状況になったかと思うと、星椎先生はじめスタッフの皆様に出会えたことに感謝いたします。本年もよろしくお願いいたします。
投稿者:F.Tさん
Tさんの場合
私の母の両親と姉をご供養していただきましたTと申します。その節は大変お世話になっておきながら、きちんとしたお礼も致しませんまま今日まで経ってしまった失礼をお許し下さい。当日は、ご供養が始まる時間の少し前から、気持ちを落ちつけようと、ソファーにすわり目を閉じていると、しばらくして、モヤモヤと紫色の光が見え、じきにそれが黄色いような金色の様な光に変わり、同時に何か下から力強く押し上げられるような感じがあり、体がふわっと浮き上がったような気持ちがしました。そして、ぱあっと目の前が白い光で包まれ、静かになりました。それから不思議な感動の気持ちで満たされ、 その日1日中、嬉しくて嬉しくて、胸が張り裂けそうな思いがずっと続いていました。ご供養のご様子のお手紙を受け取り、早速拝読させていただきましたところ、何故か胸が一杯になり、涙が溢れてきました。その涙は抑えることが出来ず、しばらくは声を上げて泣いてしまいました。でもそれは決して悲しい気持ちを伴った物ではなく、どこかスッキリと、うれし涙の様に、泣くことが気持ちよく感じられる涙でした。不思議なもので、それまで母の両親と姉の事を思いますと不思議に涙が出てきましたのに、ご供養をしていただいた日から、彼らに思いをはせると、なぜかウキウキととても楽しい気持ちを感じるようになりました。星椎先生にご供養していただいて、無事に成仏した彼らが喜んでいる気持を感じるのだろうと、勝手に思い、私自身もその嬉しくて、楽しい思いを喜んでおります。母も、あれから気持ちがとても軽くなったそうで?高血圧気味だった体調も、快調になってきたようです。さて、次は私もご先祖様を、といろいろ調べておりますが、資料がほとんど無く、実は私の祖父、祖母から先の情報は何一つ残っていない事が判明いたしまして、しかる後には、星椎先生にご相談させていただく事になりそうです。また、義母の話によると、現在お世話になっているお寺さんが、先代から今のお坊さんになってから、金銭ばかりを巻き上げる様になって、お参りに行く足も遠のいていると言うような事をうかがい知りました。さらに、最初はご供養に関して前向きだった義母でしたが、だんだんと、「毎日家で手を合わせていれば良いのよ。」などと口走るようになり、私自身、その変わり様に驚いております。ご先祖様を供養していただく際に、邪魔が入ったり、ストップしてしまったりするのは、ご先祖様の力である。と、星椎先生のコラムで拝読させていただきましたが、本当にその通りだと実感しました。でも、私は心を強く持って、例え私一人でも、ご先祖様方の為に、コツコツとご供養を続けて行きたいと思っております。私の祖父、祖母に関しましては、年明け早々にでも、ご供養のお願いをさせていただきたいと思います。その際には、またご連絡させていただきますので、どうぞ宜しくお願いいたします。大変長くなりましたが、お礼とご報告を兼ねてメールさせていただきました。年の暮れが近づいて参りました。星椎先生を始め、姫路様、宇宙クラブの方々には、どうぞご自愛の程、そして良いお年をお迎えされますよう、心からお祈り申し上げます。』
投稿者:Tさん
水子の供養
お世話になっております。このたびは私の水子達のご供養を執り行って頂き、本当に有難うございました。感謝の気持ちで一杯です。12月15日のご供養を行って頂く前後の不思議な体験を書かせて頂きます。
私の主人はある精神の病気にかかっています。私が星椎先生とご縁を頂くまでには、本当に様々な出来事がありました。今回は初めてのご供養・・、私の水子達2体を先に供養して頂く事になりました。
供養前日の夜、・・、以下は私の夢の中の話です。精神病院らしき建物の中、私は我が子を抱いて立っている。すると目を大きく見開き髪はボサボサ、みすぼらしい薄汚れた裸の中学生くらいの女の子が私に向かって突進してくる。私は怖くなり身をかわす。次にやはり目を見開いた薄汚れた3歳くらいの男の子が私に突進してくる。私はひざをつき右手に我が子を抱えた手で男の子を受止めようとするが失敗し、男の子ははね返った状態でそのまま階段を転がり落ちてしまう。あわてて私が下に降りるが大きな傷はない。又、場面が変わり、主人の実家。主人が以前の健康な状態で話をしている。(何を話しているのか分からない)私は「えっ?病院は?薬は?」と思う。
すると主人の父親が「いつ離婚するのか?」と私に問いかける。私はこの言葉を『いつ離婚してもいいよ』と言う意味だと感じ、号泣しながら「ごめんね、お義父さん」と叫ぶ。
これがご供養前日に見た私の夢です。
次にご供養の日・・、私の感じた事を書きます。
朝11時からのご供養と言う事で、車に乗り海の見える場所へ行きました。
車の中でスタンバイ、当日はとても良いお天気でした。10時58分、手を合わせて瞑想しました。手は座っているので合わせた状態で両足の間にはさんでいました。(寒い時にするポーズみたいな感じ)目を閉じ、しばらくすると「グーッ」と涙がこみ上げて来た。まぶたはピクピク痙攣し、歯はガタガタ鳴る。心の中で「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。
全身に力が入り、身体は前かがみになって行く。しばらくすると落ち着く。徐々に合わせた手が開き、身体も頭も上がり体がリラックスして行く(この時、「ありがとう、ありがとう」と心の中で繰り返す)。すると右下の方から銀色の光が「ガーッ」と出てきた。「何、これは?」と思うと、次はオレンジ色の光に変わった。交互に光が「グワーン」と言うか大きく波打つと言うか、「ガーッ」と来たり、揺れながら変わったり(表現が難しい)と銀色とオレンジの眩しい光が視界(目は閉じている)の中いっぱいに広がる。星椎先生だと感じた。しばらくして「あっ、終わった」と思い目をあけると11時17分。
すぐに電話をしたのですが最初は涙が止まりませんでした。「水子が喜んでいるよ」と姫路さんより聞きました。終わった後は「清々しい」と言うか「スッキリ」と言うか、そんな感じでした。ご供養が始まる直前は口から心臓が飛び出すか、と思うくらいドキドキしていたのですが、嘘のように気持ち良かったです。・・・以上が私の不思議な体験です。』
投稿者:N.Kさん
シミのとれた話
いつもありがとうございます。昨日母の見舞いに病院にいきました。母には顔の左側に大きなシミが三年ほどまえから、出来ていました。23日に浄霊をして頂いてから、初めての面会でした。するとシミがきれいに消えていました。まさか一週間しかたっていないのに?と何度も母の顔を見ましたが、とても綺麗な肌にびっくりしました。
浄霊の効果は私の場合ゆっくり現れると思っていましたが、たった一週間で、それも今、心配している母に現れ凄く嬉しく思います。言葉に表せないほど嬉しく思います。本当にありがとうございました。
投稿者:Sさん
Y子さんの体験談
この度は「I家」の先祖供養に多大なるご尽力賜り誠に有り難うございます。これまで、度重なる不幸の連続に「不信感」を懐いていたものの、現状を直視せず逃げてきたように思います。星椎先生のコラムに出会い、ご先祖供養と言う大きな目標を持つ事が出来た事に感謝しております。星椎先生にご供養して頂いてからと言うもの、私の周りには次々と不思議な事が起るようになりました。
ある夜の出来事、友達の家で談話していた所、急に友達が「今日一日、あなたの顔の右側が紫に見え、線が入っているように見える」と言い出しました。
一瞬、寒気が走った私に「ご先祖様の中で右半身に何かあった人がいるのでは?」と聞かれた私は、「特に聞いた事が無い」と答えたものの、思い当たる人が心の中にいましたが、「まさか・・・」と思った瞬間、寝ていた子供が右半分顔をゆがめ苦しみだしました。
いつもと違う異変に気づき、子供を抱き上げると涙を流し「痛い」と叫び、右足を押さえているのです。友達も「右足が痛いって言ってる」と泣き出しました。
私が「ちゃんとするから待ってて下さい」と叫んだ瞬間、子供は落ち着き又眠りに入っていきました。その瞬間、友達の腰の辺りに「暖かい空気が流れた」と言っておりました。
この時、私は長い間「糖尿」で苦しんでいた父方の祖母の事が気になり考えていましたが、幼い時に両親が離婚し、母について行った私には、祖母の詳細が分からなかったのです。
しかし、次の日の友達からの電話ではっきり分かりました。その友達と言うのは、結婚するまで病院でリハビリの仕事をしていた方で、祖母が入院していた病院と同じでした。
事情を話すと、実は初めて担当した患者さんが「祖母」だと話し出し、泣き出しました。やはり「重度の糖尿病」でしたので、最後は歩く事が出来なくなり、見ているのも辛かったようです。
このように私には、少しばかりの「霊感」があるせいか、誰か何か訴える事がある時は、大きな「霊障」を受けます。時には、子供にまで及びます。
しかし、ご供養をして頂くと「霊障」が大きい分、その後のご先祖様からの「ご褒美」も大きいのです。
現在は、子供は生き生きと毎日を過ごし、私の仕事での「業績」は信じられない程伸びております。まさしくご先祖様とは「一心同体」であり、「喜び」も「悲しみ」も共有しているように感じます。
一刻も早く、多くの先祖供養を出来るように、日々努力してゆきたいと思いますので、これからもご指導の程、宜しくお願い致します。
投稿者:Iさん
先祖供養の不思議
このたびは、K家先祖の供養にお力添えをしていただきまして誠にありがとうございました。
星椎先生、姫路様、緒方様、スタッフの皆様に深く感謝いたしております。
今後ともよろしくご指導を受け賜りますようお願い申し上げます。
さて、この度のご供養で感じたことを書かせていただきたいと思います。
ご供養が終了したあくる日、仕事中に階段を上がっていると、ふと足が軽いのに気がつきました(作業している現場はとても暑いところでした)。
いつもは足が重いのに、その日は軽いのです。三十代後半から腰が非常に硬くなっていたのですが、張りが取れ、硬い感じがほぐれているのに気づきました。
(アレ?ずいぶん軽いな、なんで?と思ったほどです)
このとき私は、そうだ、もしかしてこれは昨日のご供養のおかげでは?と感じましたが確信はえられませんでした。(何しろこのような体験は初めてだったものですから。)
しかし、確かに昨日までは感じられなかった物理的な変化、自分の体の感じ方に変化がおきていたのです。
後日、自分でも本当かどうか何度か体を動かして確認してみましたが、やはり足は軽くなっていましたし、腰も以前より柔らかくなっていました。
霊感のない私はこれが偶然か必然かは分かりませんが、ご供養の次の日ということから、今回のご供養が何らかの変化をもたらしたのではないか、と思っています。
以下はご先祖様と私の関係の解釈です。(間違っていたらごめんなさい。)
今回供養して思ったのですが、ご先祖様と私は車の両輪のようにつながっていると思うのです。
太古の昔からのご先祖様の思いが“今”表れていると感じます。ご先祖様の思いと私の思いがオーバーラップして(私は自分の思いと先祖の思いとの区別はつきませんが・・)生きているような気がしていました。(このことは電話相談の時も指摘がありました。)
苦しみや悲しみを抱えたまま亡くなってしまったご先祖様が、重い思いを引きずっている時、このことが自分に影響してもおかしくないのではないかな?という思いが以前からあったからです。また、今まではそのご先祖様の思いを、私はどうすることもできませんでしたが、今回、星椎先生に出会えたことで(私は実際にお目にかかったことはありません)ご先祖様を浄霊する機会に恵まれ、ご供養の儀が行われたこと、大変感謝しております。
また、この機会に地球に生まれ、日本に生まれ、さらに星椎先生の浄霊を受けることができることは、大変有難いことだと思います。
ご供養するのは本当に“今”しかないと思います。そしてご供養(浄霊)は自分自身の中に変化をもたらす「きっかけ」になると思いますので、今後ともご供養は続けて行きたいと思います。
最後に、この様な機会を設けてくださいました、天の神々様に感謝すると共に、星椎先生、スタッフの方々に感謝いたします。
投稿者:Kさん
ご供養のお礼
今日はご先祖のご供養をありがとうございました。ご供養が始まったときに私の手のひらがずんと重くなりました。 そして悲しみのようなむなしさのような感情がわいてきて涙が出てきました。腕をつかまれていたような痛みがいつもあったのですがそれが強くなってから崩れるような感じがおきてそして軽くなりました。その後手のひらが軽くなり何かがその上に立っているようにかんじました。 そして明るいオレンジ色のような光が見えてすっと軽くなりました。 そのとき執着を持たないで生きることというメッセージをいただいたような気がします。喜び、悲しみも怒りも引きずらないで一瞬それをかんじるだけでよいのですね。 ご供養をしていただき私自身が癒されたように思います。
投稿者:Hさん
石田三成様「浄霊のシーン」〜2005年9月10日(土)
2005年9月10日、午前11時30分、「石田三成様」の浄霊が始まる。
急遽、三成様のご供養が実現した経緯((いきさつ)には、最近頻繁に歴史物で彼を目の当たりにし出した時でした。そしてそれこそ一昨日あたり、驚いた事に星椎先生の方から「早速、石田三成の浄霊をしよう」と言い出されました。それはあの秀吉公が望んでいるらしい旨もある事をおっしゃいました。
三成様ご供養が決まったその日の帰り道、空には綺麗な三日月が出ているのに気づきました所、よくよく見ていると、それは秀吉公でした。その月を通して私に「サイン」を送られたのでした。「明日の三成の供養を頼む」と。
そのような流れのなかで執り行われたご供養でしたが、始まりますと黄泉へと続く長い道が目の前に現れました。ご供養の前に辺り一面に花びらが「はらはら」と舞い、厳かな雰囲気の中、三成様のご供養が始まる。三成様の装束は薄緑色のお着物で(公家風)その着物の柄は大きめの水玉模様でした。腰には帯ではなく白い綺麗な紐のような物が巻いてあり、ふわっとした感じのお召し物でした。その頭には白拍子が被っているような形の烏帽子を被っておいででした。きちんと正装され、道にたたれますと一礼、黄泉の方向へ深々と頭(こうべ)を下げられて、とても礼儀正しい方でした。
お出迎えには大国主様が狩衣装束で中央にお立ちになり、向かって右手には阿弥陀様、そして左手には秀吉公がおられました。
今回の三成様の「恩人」はこの秀吉公の意志にあります。
いよいよご供養が始まりますと、一声大国主様より三成様にお声がかけられました。
「三成、今日は秀吉公・星椎殿に感謝してこの道を上がってきなされ」と。そのお言葉と同時に三成様は再度、深々と頭(こうべ)を下げられました。重厚な感じの中、静々とご供養が進められ、応援の天使が七人降りて来ました。(三成様の前を縦並びに三人、左右各一人ずつ、後ろに二人が付きました)。そして三成様のその「歩」を進め、黄泉への入り口へと導いて行きました。
三成様はお出迎えの皆様の前に辿り着かれると、又深々と頭(こうべ)を下げられました。
おもわず秀吉公が「良かったのぅ。これからはこのわしと一緒に星椎殿の事を、応援してゆくのじゃょ。星椎殿にしっかり、感謝してのぅー」、と優しくニコニコして、お言葉をかけられました。
そして三成様は「星椎殿、本日は誠にありがたき幸せ。三成はこのご恩、忘れませぬぞ。秀吉公とともに、応援して行きまする」と言われ、霊界へと入って行かれました。
三成様が入られた瞬間、黄泉の入り口が光輝きました。そしてご供養の終了を意味するように釈迦様より黄金の光が放たれ、星椎先生の白いパワーが天空めがけて放たれて、無事に三成様のご供養が終わりました
今日の三成様は当時、秀吉公に仕官したあの18歳の頃のままで、若々しく初々しいお姿でした。
投稿者:スタッフ・姫路
「うつ病」が治った!・パート1
2005年8月20日、ご主人が「うつ病」の悩みを抱えられて星椎先生の下にご相談された方が、両家(嫁ぎ先と実家)のご供養をされる事になる。
ご供養は、星椎先生にご相談の4日後、2005年8月24日に取り行われる。その日は、あいにくの曇り空だったが、それでも何故か、「爽やかな」感じを受けた日でした。午前11時、まずはご主人の家から始められる。先祖霊達は名前を呼ばれた方達を先頭に水子は金星からの天使たちに抱(いだ)かれ、黄泉の入り口へ長蛇の列を作り、数珠繋ぎにその道を行進し始めた。
今日のお迎えは「阿弥陀様」が右手に、左手には「観音様」でした。
目を閉じた私が一番最初に見えたものは、プラチナ色の眩しい光でした。式のあいだじゅう、私は眩しくて、眩しくて、とても信じられませんでした。このような光はめったに見られませんので、星椎先生にお聞きした所、それは嫁ぎ先のご先祖方々が本当に、深く感謝しているのを光で現わしてきていたそうです。
ご先祖に続き、今回はいままでと少し様子が違う所がありました。それはいよいよ、先祖・水子・餓鬼・地獄界が大別されだしたのです。先祖に続き、今度は大勢の水子達が一塊の雲の様になり黄泉へと吸い込まれて行き、入ると同時にその塊は左側へ曲がりました。その事を後で星椎先生にお聞きした所、「左へ曲がるのは次の転生が早くなったり、他の星に行く魂がある」と言う事でした。そして問題の地獄界・餓鬼界ですが、両方はそれぞれ又雲の塊になり、その塊は黄泉への方ではなく、入り口左上へと吸い込まれて行きました。この事も星椎先生にお聞きした所、それは「ブラックホール」へ行ったそうです。
この「ブラックホール」は宇宙のチリとなり、その魂は消滅してしまい、輪廻転生は二度とは出来ないそうです。
ご主人の家をご供養後、10分ほど休憩して今度は奥さんの実家を始めました。
実家を始めるにあたり、星椎先生が「宇宙クラブ」を紹介してくれ、今日同伴してくれたお友達を、そこの家の先祖が感謝しているから一緒に同席して欲しい旨を伝えられました。
そして友人同席でご供養が始まりました。ご供養が始まった瞬間その友人の目から大粒の涙が突然「ぼろぼろ」とこぼれました。その様子にとても驚かされましたが、これは奥さんの家のご先祖の嬉し涙と言うことを星椎先生はおっしゃった事に妙に納得しました。
実はご相談に来られる前から、両家の先祖供養を考えていらした方だったので、星椎先生にお会いになったその時から、抱えていた大変な問題が解決する兆しを、すでに奥さんはその体で感じ取っていたと言う事をスタッフに話しておられました。(・・パート2へ続く)
投稿者:スタッフ・姫路
自殺した霊の浄霊
自殺した霊を浄霊すると、どんな感じになるのかを遺族の方からメールが来ましたので、紹介します。
『星椎様。本日はありがとうございました。供養の後、心の中に溜まっていたモヤモヤした重苦しい気分がスッキリして、何故か嬉しい気分になりました。大げさに言うと、うきうきした気分とでも申しましょうか。不思議ですね。きっと母も同じ気持ちでいるのではないでしょうか。最後の親孝行をしてあげられた気分です。母の来世は厳しいようですが、少しでも良い条件で転生して欲しいと祈らんばかりです。今後、先祖の供養も必要かと思います。その時は連絡をさせていただきますので、よろしくお願いします。今日は、本当にありがとうございました。』
皆さんもこれを機会に浄霊してみてはいかがでしょう。姫路
投稿者:スタッフ
体験談その3
それから、父のご供養をして頂きました。すると分かったその日の夜、なかなか寝付けず、家の中も至る所でぱきぱきと音がしてました。不思議と怖いという感覚はなく、次の日にその事を尋ねてみると、父が喜んでいるとの事でした。
ご供養の最中は、目を閉じて曇っていた目の前が、下から光のようなものが上がってきて、明るくなっていきました。軽くなるのが分かりました。この家系は随分重く、粗いと先生が言われていました。
最初こそ、先生が私の頭に手を置いても何も感じなかったのですが、その後は、先生の手から、光の柱が頭の中からすーっと降りてくるのが分かりました。何とも心地良く、不思議な感覚でした。
ご先祖様が見えるよと導いて頂いたのですが、はっきり見る事は出来ませんでした。ただ、赤く染まっている、それだけでした。それは、血の海だと先生は言われました。苦しんでいる、何とかしないと・・、ご供養を全てやって頂こうと、その時、強い意思が芽生えました。
それから、祖父母もお願いしました。私の心の中は、常にもやもやしており、それを話した所、魂に鎖のようなものが巻きついている、ご供養する毎に取れてくるのが分かるよと言われました。私を頼ってきてくれている、頼ってきてくれてありがとう、逆に感謝でした。
祖父母が終わり、その前の方々を知る為、天草へと行きました。今まで、訪れた事のない土地でしたが、私を急がす何かがありました。お墓を探しあてたのですが、古くて名前が読めません。誰にも知らせず、自分一人で何とかすると決めていましたが、結局、親類の家を訪ねる事となりました。突然の訪問にも関わらず、温かく迎えいれて下さいました。
ただ、そこは、直系の家ではなく、別の家に仏壇があるとの事で、そちらの方にも連絡して頂いたのですが、過去帳がないとの事でした。今度はお寺さんに連絡して貰いましたが、あいにくお留守で、出直す事になりました。
それから数日後、再びその地を訪れ、お寺のご住職とお会いする事が出来ましたが、そこにも過去帳はなく、随分昔の分からまとまってあるから、そこから拾い出さないといけない、除籍謄本がいるという事でした。私は分かる範囲の名前を書きとめ、速攻北九州に戻りました。
自分が生まれてくるまでに、一体どれ程のご先祖様がいるのだろう、中には戦死した人や、病気で亡くなった人、この世に生を受けずに流れてしまった人、自分が知らないだけで、真実は限りないんだと感じました。
何に対してもそうだと思います。自分の視野を広げるも狭くするも自分次第、生まれてきて、狭めたものの捕らえ方をするのは、何かもったいない気がしました。
投稿者:仮名・角 明子(37)
体験談その2
その日です。先生に「お父さんが横に居る、成仏出来てないよ。」と言われたのは。
「えっ?」と思いました。毎月お墓へ足を運び、法事もかかす事なくやっているのに、何故?と思いました。
何故と思いながらも、そうだったのかと感じる事が出来ました。
父は、普段は優しくおとなしい人でした。ただ、お酒が入ると別人でした。夜中でも大声で歌いながら帰ってきたり、空手の真似事をやってみたり、ヤクザの人と喧嘩をしたりと、散々でした。決まって明くる日は覚えてないのです。今思えば、父の身体を借りて色々な人が入ってきていたのでしょう。
その父が肝硬癌で亡くなり、それからというもの、家の中でも不可解な事が起こりました。飼っていたインコが四六時中こうもりのようにかごの上からぶら下がり、羽が抜け落ち、最後にはバタ狂って死にました。床の間に掛けてあった弟の油絵が急に落ち、ガラスが粉々に割れたりもしました。
私といえば、酒に酔った父を幼い頃から見ており、自分は絶対に飲まないと誓っていたにも関わらず、毎日晩酌し、飲み会の席では、常に浴びるように飲んでいました。唯一、いくら飲んでも酔わない、それが父と違う所でした。
その頃から、父は信号を出していたのでしょう。気付かずに、月日は流れていきました。彼女と出会う事で、悩み、真剣に考える、その機会を与えてくれたのでしょう。「出会いは偶然ではなく、必然である。」彼女がよく言っていた言葉です。
「娘を宜しくお願いします。」その言葉も表面的には忘れていましたが、何処かで覚えていました。父は自分とご先祖様を何とかして貰いたかったのでしょう。父が出来なかった事を私に託してくれたのです。「○○家を宜しくお願いします。」そう感じ取る事が出来ました。
投稿者:仮名・角 明子(37)
体験談その1
「娘を宜しくお願いします」
亡き父の墓前にて、霊感の強い友人が聞こえた父からの言葉を理解出来たのは、それから5年後の事でした。
今から5年前の1999年9月、中秋の名月の頃、台風が去った後のお墓が心配になった私は、その友人に一緒にお墓に付いてきてほしいと頼みました。その友人とは、その年の春に出会い、初めて会った時からずっと前から知っている、お互いにそんな感覚を抱く相手でした。
お互いに出会えた喜び、安心感、安らぎは、いつの頃から悲しみや苦しみ、深い喪失感へと変わり、私達は、それから3年後、離れる事となりました。
私は、普通の恋愛が出来ません。対象は同性なんだと確信したのも、その友人と出会ってからでした。彼女にはそれを受け入れる事が出来なかったのでしょう。当然といえば当然です。困惑するのも仕方ありません。
私の事を知らない父が、「娘を宜しくお願いします」という言葉を彼女に発し、受けとってくれたこの人だったら、きっと自分を解ってくれる、そればかりで、相手の事も考えず、子供のようにだだをこねているだけでした。
関係は次第に壊れていきました。
その後の私は、何故この世に生まれてきたのか、何の意味があるのかを日々模索する日が続きました。宗教的な本や、精神世界の本を買いあさり、その意味を求めていました。
平静を装いながら、心の中はぐちゃぐちゃで、体重も急激に減り、自分というものが存在しているのかどうかも実感出来ず、抜け道のない迷路に入ってしまったようでした。
そんな中、会社の友人の誘いで、先生にお会いする事が出来たのです。その友人も悩みを持っており、私は何気なく付いて行く事にしました。
彼女との事を打ち明けました。先生やスタッフの方は、何を否定するわけでなく、全てを受け入れて聞いて下さいました。何て温かいんだろう、心の奥底に伝わる何かがありました。
それから、私は彼女との過去世を聞く事にしました。何度となく出会っており、深い縁があったのだと知る事が出来ました。2人でいつも引き付けられるように行っていた土地にも以前、親子で居たのだと分かりました。その土地は、いつも行っていたと先生に話してはいなかったので、正直驚きました。
投稿者:仮名・角 明子(37)
豊臣秀吉公「浄霊のシーン」〜2004年11月27日(土)
式(御供養)を始める前に、まずは秀吉公に「成仏」できる旨を話し、大国主様に御供養事の「お断り」を言う。
午前11時45分よりはじめる。今日のお出迎えは、お釈迦様・大国主様・阿弥陀様。
中でも大国主様は当時の衣装(狩衣装束)で出迎えられる。
御供養が始まると霊界へ繋がる道の先に(この世)黒の烏帽子をかぶり、金色の装束の秀吉公が現れる。生前同様派手好きで「金」が好きな事がその様子からも良く伺える。そしてその側道には後鳥羽上皇様のように「家臣」等はいくら探してもおらず、その代わり金銀財宝や米俵などの宝の山が並んでいた。それらは全てが黄金色に輝いていた。まさに生前人を信じていなかった秀吉公の人柄を意味する光景でした。
お釈迦様が金銀を好きな秀吉公に気を配ってくださり、いつもは一条の黄金の光が、今日に限り2条放たれていました。それはそれは綺麗な優しい慈しみの光でした。
いよいよ御供養が始まり秀吉公が歩き始める前に、大国主様が一声放たれました。「秀吉公、この道を上がって来るように!」と。その声とともに秀吉公はゆっくりと歩を進めるものの、なかなか進めず、その様子を見るに見かねた時、先生を応援している「金星の天使達」10名が、天空より降りてきて秀吉公を取り囲む形で、歩を進めさせました。秀吉公はとても重かったです。
霊界の入り口までの間、秀吉公はわんわん泣いて(嬉し泣き)歩いて行きました。
そして、霊界の前に辿り着いた時、再度、大国主様がこう言われました、「星椎殿に感謝せよ!」と。その言葉に頷きながら、秀吉公は「星椎殿には感謝する。わしは応援するから・・・ああ、ありがたや、ありがたや。それにしてもあの僧侶め、わしとの約束を違(たが)えおって!あやつは今後は人生がないと思え。魂も今世紀で終わりじゃ、死ねば魂もこの宇宙の藻屑となって消えて行くわ!」と言葉を残し、「ありがたや、ありがたや」とこの言葉を何度も何度も呟きながら、霊界へと入って行きました。
そして秀吉公の御供養がつつがなく終わり、釈迦様の黄金の光が大きくこの世に放たれ、そして星椎先生の白いパワーが霊界までの道と天空を覆い、全てが静寂に包まれ終わりました。
秀吉公の御供養が終わった午後からのお天気は、素晴らしいものになりました。まさに秀吉公が喜んでいる様子が、しっかり伺えました。
昨日とはうってかわって今日の午前中は「日本晴れ」となりました。御供養後も、天上から秀吉公の声がずっと聞こえます。「ああ、ありがたや、ありがたや」、その後「あっぱれ、あっぱれ」と言いながら、日の丸のついた扇子を両手に持ち踊り狂っている秀吉公の姿がうかがえます。
今の状態は、まずは霊界へ上がれた喜びで「狂喜乱舞」、次の転生を心待ちにしている秀吉公の状況です。
その日の夜の帰り間際の出来事です。自宅に帰る時、クラブを出た瞬間、そこには満月がこちらに向かい煌々と輝いているではありませんか!これは後鳥羽上皇様の時のように、秀吉公が星椎先生に感謝を現している様子そのものでした。
秀吉公の喜ぶ様は、それはそれは普通事ではありませんでした。もともと派手な御仁ゆえの「賑やかさ」でしょうか?それからと言うもの(御供養あとから)何故か、秀吉公の気持ちそのものが、色々と私を通して伝わるように感じました。
こうしている今も「嬉しや、嬉しや、めでたいや」と踊る秀吉公が見えます。
投稿者:スタッフ・姫路
後鳥羽上皇様「浄霊のシーン」〜2004年11月26日(金)
その日のご供養は普通の方とは違う「位」の高い方なので、星椎先生も昨日より作られた「祝詞」からして、その格調の高さには感じいっておられました。
私達スタッフにも、その感じは重々ありました。
先生と私はいつもの通りに正装をして「式」に臨む。
いよいよ御供養が始まると、「この世」と「あの世」を繋ぐ長い道が霊界の方へと延びる。
その先には黄金に輝く霊界の扉が開き、そこの入り口には、お釈迦様・大国主様・阿弥陀様・観音様が上皇様を迎い受けておられました。そのメンバーは錚々(そうそう)たるものでした。道の先に上皇様が正装をして立たれると、霊界より黄金の光がその道を照らし、側道にはお供の者達(家来達)が一斉に並び、大きな「銅鑼」の音とともに豪華絢爛な行列が出来、上皇様はそのもの達から霊界の入り口まで運ばれる。
道々には花びらが舞い、金星からの応援で天使達が沢山、その空を舞う。
黄泉の国の入り口に到着されると、上皇様は乗り物から降りられ、迎えて下さった方々に深々と頭を下げられる。そしてそのまま後ろを振り向かずに、こう述べられた。
「定家(星椎先生の日本での過去世)、かたじけない。この恩は一生わすれない。今後、わしはそちの力になるであろう。さらばじゃ、定家。またどこかで逢おう!」と述べられ、霊界に入られた後、お釈迦様の黄金の光が地上に向けて放たれ、そして今度は星椎先生の白いパワーが黄金の光を包み込み、壮大な御供養が終わりました。
上皇様の御供養は「感無量」の一言に尽きるものでした。
その後、上皇様の「流罪の悔しさ・無念さ」等の700年の長きにわたる様々な「想い」が反映して、星椎先生自身が涙に暮れる次第でした。(私達も思わず、もらい泣きをしてしまう)そしてすぐさま上皇様の残留魂の「想い」を浄化して行く。
特に「京都御所」や日本中の至る所にある、上皇様の「想い」を全て「浄化」し、完璧な御供養が終わる。
・・・その日の夜、自宅近くの帰り道で「ふと」空を見上げると、なんとそこには雲の間から満月が・・、月は雲によって、その姿を現したり隠したりと、その様子はまさに「幻想的」で、今日の御供養を上皇様が喜ばれ、気持ちも晴れやかに「和歌」など一句詠んでおられる様子が伺えました。その「満月」は煌々として、私の気持ちも安堵感に包まれ、心軽やかに家路に着きました。
上皇様はいつでもこのお空から、私達を見ておいででございます。
投稿者:スタッフ・姫路
「顔にできたシミ」
今年の2月末、友人の実家のお父さんがガンで亡くなったとの知らせを受けて、お悔やみに行ったことから、久しぶりにその友人とゆっくり話ができました。彼女とは20年来の付き合いで、私の家が不幸続きで大変だった事を一番よく知っている人です。私が5年ほど前から星椎先生のお世話になっていて、ご供養をしていただいた話を、時々していました。実は、彼女の嫁ぎ先のお母さんは霊能者のようなことをしていて、「人助け」といって供養をしているらしいのです。でも、お姑さん自身が幸せそうではなく「何も変わらないような気がする」と彼女は言っていました。
彼女が「父が亡くなってから、子供が喘息ぎみになった」とか、「顔にシミが急にできた」と言うので、私は「それって、お父さんが成仏していないから教えてるんだと思うよ。左のほほにシミが出来たということはご先祖よ」と話しました。
私の顔つきや暮らしが、5年前とは変化していって、今とても幸せなことが多くを語らなくても彼女には「先生は本物だ!」と理解できたのでしょう。
「実家の父は私を応援してくれた人で今の私があるのは父のお陰だから」、「お姑さんが供養した、と言っていたけど、成仏していない気がするから星椎先生にご供養をお願いします。」ということになり、3月にお父さんを一体ご供養されました。
この夏はそのお父さんの初盆なので、少し早めに昨日お参りにうかがったら、彼女からのうれしい報告が聞けました。「4月の人事異動で、今までイヤな職場だったのに今回はとてもいい人間関係の課に行くことができたよ。お陰で今年はとても仕事がしやすくて楽になった。おまけに顔のシミのとても目立っていたところが少しずつ薄くなってきたよ」「子供のセキがうそみたいに、良くなってお父さんを一人浄霊してもらっただけなのに、すごくいい事がつづいている」と「お陰」という言葉を何度も言うのです。
彼女のお父さんを成仏させてあげたい!という思いと、お父さんからの感謝の気持ちがお陰となっているのだと思います。「先生を信頼してありがたいと日々思っていることをお伝えしてね」と言われました。
投稿者:スタッフ・おがた
先祖供養の様子
今日は宇宙クラブ一スタッフ、星椎先生のご供養「見届け役」として、最近行われたご供養で私なりに見えた事を書いてみたいと思います。私は星椎先生の補佐として、常にご供の様子を冷静な気持ちで確認をさせて頂いております。(唯一、神々に見せて頂いていると言う方が正しいかと思いますが・・)この日のご供養は「礼儀」をわきまえない、後ろの行列にいる「やから」がいきなり順番を飛び越えて前に来てしまいました。通常、星椎先生の場合はご先祖の名前がなくてもちゃんと順番よく出て来られるのですが、今日は最後尾にいた先祖がいきなり前にやって来て始まったので、私も面食らってしまいました。
その失礼きわまりない「やから」はなんと、当時盗賊をしていた者達5人組みでした。
生前でもそうであったように、死んでからも皆に迷惑を掛けるその性格は、何も変わっていなかったのです。それだからこそ、その家族も大変だったのだろうとしみじみ思いました。
ご供養が始まり目を閉じた瞬間、彼らは現世に立ち尽くしその側には当時人々から奪った金銀財宝が置かれ「まさかこれらをあの世に持ってゆくのかしら?」、と私は驚かされました。
こんな事は初めてなのですが、黄泉へと続く道がないのです!私は「え、道がない!この人達はこれからどうして上がって行くの?」と不安になったのです・・、とその時、星椎先生が突然ご供養を一旦止められました。そして星椎先生も私と同じように彼らの状況を把握されていたみたいで、「このまま浄霊は出来ない。彼らを今の状態で上げてしまうと、霊界が混乱してしまうから、まずは彼らの盗賊の装束を取り、魂の半分をそぎ落とし力を除いてから始めます」と言われました。
その判断に私は一安心し、それから改めてご供養が始まりました。金銀財宝も没収、衣服も普通に戻され始まったご供養の雰囲気は、通常にない「無機質」なものでした。私は「これがこの子孫達の『心』の現われか」とショックでした。
今回のご供養は依頼者その者に「感謝の気持ち」のない現われとも思えました。それはこのご供養を、本当に心から願って依頼されたのが当事者(妹さん)でなく、そのお姉さんからのものだったからです。お姉さんの方は先に星椎先生から実家・嫁ぎ先のご供養事を終え、今はその「成果」がでて現在は平穏な日々を送られている経緯があり、自分を含め家族が良くなっているので、悩み多い妹さんにも是非とも幸せになって欲しい、子供の将来を守って欲しい、と言う思いで勧められた先祖供養でしたが、やはりご供養しても、本人の心がけが悪いと(打算のない本心からの感謝の気持ちのご供養)同じ事をやっても、その結果には数倍の違いが出てくるみたいです。それは色んな人達のご供養を見てきて、とても強く感じます。
そして誰のお迎えもなく、佇んでいる彼らを黄泉の国の入り口に、微かに見えたのが「阿弥陀様」でした。それはここの家族の思いではなく、お姉さんの「気持ち」を汲まれおいでになったみたいでした。それから道のない、どうしようもない5人の「やから」は、いきなり霊界からお釈迦様の金色の光で、一人一人をスポイトのように吸い上げて、連れて行かれました。その後5人全部入るといきなり黄泉の国の扉が大きな音を立てて、いきなり「パタン」と閉まり、そこには無限の暗闇に落ちて行く、5人の姿が私の目の中に飛び込んで来ました。こんな事も私の体験からして、初めてのケースです。
余談ですが、実はご供養前、私は祭壇に座る時に「ご供養、したくない」と言ってしまったのです。後で先生に聞くと、その言葉はまさに彼ら5人の声だったみたいです。彼らは霊界に行くとどんな運命が待っているのかすでに気づいていたらしいのです。それでジタバタして出た言葉だったみたいです。ご供養後、霊界が彼らを上げたことで汚れているらしく、すぐに星椎先生が浄化されました。死んだら皆が霊界へ行けるというのは違う事がよく分かりました。良い事をした人と悪い事をした人は、同じ場所へはいけないのが道理なのは人間界でも同じ事なんだと考えさせられました。
先日、ご供養を勧めたお姉さんから連絡があり、供養を勧めて良かったのか悪かったのか複雑な心境を語ってくれましたが、星椎先生に伺うと「ご供養をさせた事実は誰にとっても悪い事じゃなく、むしろ良い事をしたと安心しておきなさい。しかし、今回先祖にとっての恩人はお姉さんですよ、徳は無欲なあなたに発生するでしょう」と話されていました。こんな風なご供養の仕方もあると言う、人間本来の「打算」には考え深いものがありました。暗闇に行かされた5人組みのその後は、「ブラックホール」からその魂は宇宙のチリとなって行ったみたいです。そして妹さんには、何か「ホッ」とした様子が伺われました。
投稿者:スタッフ・姫路
病気と先祖供養
今回は「先祖供養」に至るまでの、一人の女性の実体験から述べてみようと思います。
その主婦R子さんと出会った時には、すでにご両親ともに亡くなっておられました。ご両親が亡くなり、第二子を出産後から急に体調に異変が起こりだしたそうです。それはまず、体の倦怠感から始まり、本人はとにかく一日中体がだるく、全てにやる気が起きなかったと言います。始めの頃は「出産してだいぶ経つのに、そのせいかなー?」と思っていたらしい。洗濯物を干すのにも体がきつい、段々と食欲がなくなり、日に日に体が痩せて行く、とうとう「激やせ」となる。そして空腹時になると「吐き気」がして来る。こんな状態になり、R子さんも「これは絶対胃がおかしい」と思い病院へ行きました。
この病院へ行こうと考えだした頃、毎日のきつさで何故か涙が出て空しい気持ちでいたそうです。両親とも若くして亡くなっているので、「自分も癌で早く死ぬかもしれない」と考え、不安な日々を送っていたらしいのです。
そして病院へ行き胃の検査を受ける(バリュウム)。検査結果はその時点では「異常なし」と出る。医者も「ストレスでしょうね」と言い、念のため血液検査をした所、一週間後の結果は肝機能異常の数値が出たそうです。その時、「家族に肝臓の悪かった人はいませんか?」と聞かれR子さんは「母が肝臓癌、父が肝硬変で亡くなりました」と言うと、それを聞いた医者はすかさず「ああ・・、もう遺伝でしょうな」と言ったそうです。
その日は、自宅で一週間は安静にすることと診断が出て帰宅。一週間後に再血液検査をすると、今度は数値が「正常値」に戻る。それを見た医者の所見は「急性のものだったのかなあ?」と首をかしげる。結局は病名がつかないので、又「ストレス」と判断された。それから彼女の症状は治まるが、3年後、今度は当時6歳の息子さんの体調がおかしくなる。その異変に気付いたのは頭の皮にかさぶたみたいなものが、たくさん出来だしたこと。そして顔がむくみ、眉毛が極端に薄くなり、人相が悪くなり始める。
それをみたR子さんは、子供のそのあまりの変化に「なにか悪い病気でも・・・」と思いすぐに病院へ連れて行く。病院では最初に尿検査が行われるが、その結果は正常値が出るが「念のため」と、彼女同様血液検査をすると、なんと今度は肝機能に異常が出て、大きな病院の紹介状を書いてくれ、そこでは即入院になる。医者は「これでよく学校に行って普通に生活出来たねえー」と言うくらいその数値は悪いものだった。その夜、R子さんは「なんでこの子が・・、死ぬかもしれない」「こんな可哀相なことになってしまって、代われるものなら代わってやりたい」と我が子の寝顔を見て、夫婦で泣いたそうです。
入院先の病院ではエコーをとるが、今度は「異常なし」。小児科の先生も不思議がる始末、検査結果の数値とエコー診断の結果が違う。そして又、再度血液検査をしてみるが、結果は「正常値」が出る。「身内に肝臓の悪い人がいませんか?」と聞かれ、R子さんは「まるで自分の場合と同じ」と思ったそうです。そしてその瞬間彼女はピーンと来たそうです。これは遺伝とかより何か霊的なものだと感じとったらしいです。大事な人がどんどん亡くなっていくと言う不安感、次は自分と思っていたのが、大切な息子までもその被害に合い、とても耐えられなくなる。R子さんを救ったのはなによりも、その「ひらめき」がきっかけだったのです。その後、R子さんは星椎先生からご供養をして頂き、あんなに病院ばかりかかっていたのが嘘のように、今では家族みんなが元気で過ごしておられます。
こうして人間には全ての出来事に意味を持たせて、この世に生まれさせられたのに、当の人間はその「サイン」にはまるで気づかない。気づいた人だけがなんとか救われて行く。供養事の大切さを忘れていると言う事は「心」を忘れているのと同じだと思います。今の自分があるのもご先祖様の「お陰」なのに・・・。いつから人々はこんな風になってしまったのか、とても残念です。
投稿者:スタッフ・姫路
過去世と先祖供養(M子さん・30代)
最初に彼女が宇宙クラブに来社した理由は、友人が星椎先生の噂を聞きつけ将来の指針としての相談に来たとき、ただ一緒に付いて来ただけの簡単な事だった。M子さんの方が当社に来てすっかり好印象を抱き、後日改めて彼女の相談となった。実はM子さんは「性同一性障害」で物心付いた頃からその症状となって行ったらしい。他の人達とは違う自分に長年苦しんで来て今度もやはり恋愛していた一人の女性との悩みだった。そこで星椎先生は恋愛関係の女性とM子さんとの過去世での繋がりを紐解いていった。二人の過去世での縁を見る事でその悩みは解決した。いまでもM子さんが言うのは「自分の過去世を知る事って、本当にとても大切ですね。全ての原因を知る良い判断材料になります」と言っているくらい、友達や皆に過去世を知る事を進めている。話を元に戻すと最初の相談でM子さんは星椎先生をとても信頼し、最愛のお父さんが15年前、肝臓癌で亡くなった話が出てくる。まずは始めに、自宅で飼っていた「インコ」が奇妙な行動を取り出し「どうして・・?」と思っていた矢先に癌が悪化してお父さんは亡くなり、翌日にそのインコも死んでしまったそうです。M子さんの異変はお父さんが亡くなってから起りだし、本人の体調が悪くなり始めた。最初に異常だったのは胃痛、次に「偏頭痛」。バッファリンが常備薬になるくらい激しいものとなったらしい。そして何よりも彼女自身が生前のお父さんと同じように、急に大酒飲みになってしまったこと。彼女が言うには「今思えば、お酒好きのご先祖が成仏出来ずにお父さんに取り憑き、お酒を浴びるようにのませ肝臓を悪くして癌になり、とうとう死んでしまったと思います」と語っていたのが印象的でした。それほど生きている時のお父さんと言えば、酔って暴れて皆に迷惑をかけていた記憶しかないそうです。そしてM子さんは仕事先で今度は「アトピー」を発症する。お酒はお酒で馬鹿みたいに飲み、そしてどんなに飲んでも「しらふ」状態、そのこと自体とても不思議であったらしいです。幼い頃からの胸の中の「モヤモヤ」もさらにひどくなり、いつもイライラして人に当たり、友達からは怖がられていたそうです。
そんな中、M子さんは何の解決も見出せないまま悶々とした日々を過ごしていました。一時は、他の宗教事にも母親と共に首を突っ込んだ事もあったそうです。M子さんは星椎先生のカウンセリングの時、「お父さんが成仏していないよ」と言われ、妙に納得したそうです。
それはある台風の翌日、お父さんのお墓が気になり友人と一緒にお墓参りと掃除を兼ねて出掛けた時の事です。友人が「今、お父さんの声で『娘をよろしくお願いします』と言う事を言われた」というのです。その友人はとても「霊感」が強い人で、M子さんには聞こえなかった声が、その友人を通してお父さんは伝言したみたいです。その後もずっとM子さんはその伝言がひどく気にかかっていました。それから丁度その伝言の答えを星椎先生にズバリ言われた事で、「得心」したそうです。それからM子さんの「ご供養」が始まりました。まずは最初に、15年前に肝臓癌で亡くなったお父さんをご供養されました。お父さんをご供養した瞬間、M子さんの目の前に紫色の光が見え、その後は急に体が軽くなったそうです。そののち、一体される毎に体の軽さを実感。この「体の軽さ」こそ、M子さんは「霊が成仏する」と言う意味を理解したそうです。さらに「イライラ感」がなくなって来る。今ではすっかり落ち着き、本来の彼女を取り戻しているらしいのです。そしてあの胃痛・偏頭痛・アトピーも治まり、あんなに飲んでいたお酒は、現在殆ど飲む事がなくなったそうです。そんな事実をご供養をしたM子さんが一番驚いています、「あれはいったい何だったのでしょうか?」と。そして「もし、ご先祖供養に気づかずにいたら、まだまだ先祖霊に振り回され、お酒を飲まされ続け、そして間違いなく私も父と同じ様に肝臓癌になっていたでしょう」と言っておられました。そして今では星椎先生に引きあわせてくれた友人にとても感謝しているそうです。
投稿者:スタッフ・姫路
供養を拒んで来た人
いままで散々、ご供養の事は断って来た母親がとうとう子供の具合が悪いと言う事をきっかけに真剣な眼差しで星椎先生を訪ねてきた。その二人の子供には確かに先祖霊達が取り憑いていた。おまけに兄の方は狐まで取り憑き体中にのしかかって、最近良く言う「切れる」状態をたびたび引き起こしていた。来年は進学も控え、このままではいけないと言う思いと、その上相談に来た母親自身も顔色が悪く、誰が見ても「どこか具合が悪くありませんか?」、おもわず「大丈夫?」と声を掛けたくなるくらいに衰弱しきっている様子だった。それもそのはず、彼女の仕事の運営もうまく行かず、家の中は荒れ、稼いでも稼いでもお金は出るばかり。星椎先生の下を訪れた時は「最悪状態」だった。そして「本当に先祖供養をしないといけない」と言う、先祖が障っていること自体信用していなかった人が、こうして信じざるを得ない状況まで追い込まれての来社だった。先祖供養においてはこのようなケースは珍しくなく、何かあって初めて問題意識を持ち出すのが普通のパターンみたいです。そして残念な事に(「転ばぬ先の杖」ではないのですが)先祖供養もここまでこないと分からない人が殆どです。星椎先生に会い、話がまとまり後は「ご供養」と言う段階になった時の事です。「まずは名前の分かる人から」となり、その時点で星椎先生が透視をした所、その他に急いでいるご先祖が4人いらっしゃると見えたそうです。その方達は武者・武士・僧侶・室町時代の女性(この方が特にそこの色情因縁に関る人みたいです)その事実を彼女に伝えると、今回のご供養から先方の金銭的都合で4番目の女性を外す事になってしまいました。それからです、私達の周りでトラブルが起り始めました。それはご供養を控えた前日、まずはスタッフが左手親指をカッターナイフで切りました。切った瞬間「あっ、これはあの外した女性だ!」と霊感の強いスタッフは思いました。そしてその夜、今度は左足(股関節)が急に痛みだす。その上気持ちまで落ち込み憂鬱になったそうです。そしてご供養当日の朝、星椎先生とトラブルを起こし、挙句に大事なご供養があるのに「帰る」と言う始末。おまけにもう一人のスタッフも気持ちが荒れて朝から子供と喧嘩をして来たと言い、皆がおかしな状態になってしまう。最後のとどめは星椎先生までもが神棚の前で左手中指を切ってしまう。もうこれで外した女性が暴れている事は事実になり、来店してきた母親にその出来事を伝えると、やはり自分も一人外したもののしばらくその女性の事が気になっていたらしく、前日の夜、その母親自身もガラスで手の甲を切ったと言い出す。それから急遽外した女性も今日のご供養に加える事で無事に解決をして、トラブルは収まる。このように、霊達は人間(子孫)の話を聞いている事は間違いないのです。今、思えばその外した女性は一緒にご供養して欲しくて必死になり、その母親は勿論の事、霊達の気持ちを理解できる先生やスタッフに知らせていたのです。正直な感想として「もし仮に外してご供養をしていたら・・・」、と想像するだけでゾッとする思いです。きっとこの様な怪我ではすまされなかったと思います。でもあとからその母親から聞いた話では、「ご供養をする」と決めた日から仕事が良い方向に行きだし、あんなに荒れていた息子さんの状態も落ち着き、体調の悪さもすっかり回復して信じられなかったそうです。(実は息子さんは病院にまで行き検査までしたのに、異常は見当たらず、そのとき母親は「やっぱりご先祖!」と思った経緯があります)ご供養後、梅雨明け前の鬱陶(うっとう)しさは全然なく爽やかでした。母親も気持ち晴れ晴れと仕事に向かいました。
投稿者:スタッフ・姫路
星椎先生の水晶とヒーリング
その女性は40代。もうかれこれ5年位前から星椎先生にご供養を依頼され、今月もご供養が終わったばかりの人です。当初パワー入り水晶を持つものの、その良さがあまり分からず、肝心な水晶を身に付けずにいつもバッグに持ち歩いていた人だったが、最近は他のお友達に星椎先生のパワー入り水晶を紹介してから、「やっぱりいいんだ!」と客観的にその良さを実感されて、それからは逆に常に身に付ける毎日になる。又仕事上、離せなくなる。7月に入り、彼女から突然電話連絡が入る。身に付け出した水晶のワイヤーが一本ささくれ出し、「切れてはいけない」と彼女は水晶をはずし(7月の3、4)日曜の夜、仕事のために高速に乗り福岡方面(古賀)あたりで右肩が急に重たくなる。彼女も霊感はある方なので、その瞬間何かが右肩に乗ったのが分かったらしい。急いで星椎先生の下を訪れヒーリングを受ける。先生のパワーで瞬時にその霊が彼女から外れて、「あ、肩が軽くなった!」と驚いていた。星椎先生の透視によると、その高速道路で髪の長い幽霊が彼女の右肩に乗ったそうです。彼女に憑いた幽霊はそこで事故で亡くなった人みたいです。その感じが彼女と似ているらしく、髪も長い人みたいだそうです。似ているという事は「波動」もあいやすい要素があるので簡単に取り憑いたとの事でした。もしその時水晶を付けていたら彼女に取り憑く事は無く、水晶によって守られてはいたそうですが、その代わり水晶は確実に切れていたそうです。もともと一本のワイヤーが切れかけていたのも、物理的と言うより水晶が相当「疲弊」していたのは確かです。それ程、彼女の悪い物を吸い込む役目を果たし「疲弊」していたのです。その後、水晶を補修して新たにパワー入れして彼女に渡すと、水晶を付けた瞬間、「やっぱり水晶を付けると、安心する」と言い、とても嬉しそうでした。もう水晶が外せないし、体調の悪い時は星椎先生の「ヒーリング」を受けリフレッシュしたいと言っていました。ヒーリングを受けた後の彼女の顔は、まるで別人のようにスッキリしていました。
星椎先生のヒーリング編〜その2:中2男子の場合
話は7月6日の出来事。その男子はお昼休みに外でドッジボールをして友達と遊んでいる時、ボールをとり損ねて右手の薬指の第一関節を突き指する。(状況としては、第一関節が折れ曲がって動かない状態)すぐに自分で冷やしはしたものの、痛みが増し我慢できず保健室へ行く。保健の先生も「脱臼」と思い病院へ連れて行くが、診断の結果は「6週間固定」場合によっては「手術」と診断される。そしてその病院ではそれ以上治療が出来ないとの事で、早速総合病院を紹介されて紹介状まで書いてくれたらしい。その時までは総合病院での「6週間の指の固定が必要」の治療か「手術」と思い込み、本人はそれがいやなので、母親から星椎先生に連絡を入れてもらい宇宙クラブを訪れヒーリング治療を受ける。
彼はもともと心が綺麗な子で星椎先生の「気」がよく通り、時々は「遠隔療法」の治療は受けていたから、そのヒーリングにはとても信頼があった。直接右手の薬指からヒーリングをしてもらう。《本人談〜最初は痛みで右手全体が震えていましたが、星椎先生よりパワーを入れてもらっている時、腱が切れているので動かすだけでも痛みが走り、動かないはずの指の患部の周りを白いエネルギー体がものすごい勢いで、ぐるぐる回っていたのが僕には分かりました。》ヒーリング治療終了後、彼は「痛みはどう?」と先生より聞かれると「少し取れました」と応えていた。その夜、自宅に連絡をとり様子を聞いてみる。夜には痛みもすっかり取れて指が軽いらしい。「明日の病院での治療判断が今から楽しみ」と言っていた。
このように星椎先生の「ヒーリング」は病気の治療と霊体の障りを瞬時に除く事ができます。霊感のある人には、この「凄さ」がとても良く分かるはずです。又、心が綺麗な子供・動物には「100パーセントの効果」と言っても過言ではありません!
投稿者:スタッフ・姫路
生死霊の供養
ことの始まりは、美容院の経営者の行動が自分らしくないということからだった。霊感の強い女性が、その美容院で働いていたが、ある時彼は自分から「身近な人に自殺者が2人いる。その他に無念で亡くなった人もいる」と彼女にこぼした。無念で亡くなった人、その女性は彼と結婚の約束をしていた。ところが、その女性は急な病を背負ってしまった。病名は白血病だった。彼女が病院でもうすぐ死ぬという時、何を血迷ったのか彼はこともあろうに、「新しい婚約者をわざわざ死ぬ寸前の女性の前に連れて行った」というのである。無念な思いを抱いて彼女は死んだ。しかし、そういう時の霊は生き死霊となって地上をさ迷うようだ。彼の場合も例外ではなかった。いつも寂しい感じが彼の心に付きまとい、夫婦喧嘩が絶えず、家の雰囲気も最悪の状態だった。そこで、私はその美容院の従業員である女性に紹介されて、生き死霊となった女性と、自殺者2人を成仏させた。浄霊がすぐには効果を発揮しなかったが、数ヵ月後、その主人は自分自身の魂の何かが剥げ落ちてバリッという音がしたらしい。その主人は、その感触をはっきり理解できたという。その後は仕事にメリハリがつき、めそめそしなくなったという。
スタッフに語られた裏話
さてこの話には、もう少し「おまけ」があります。このご供養に霊感の強い従業員の女性(今回、星椎先生を紹介した人)が立ち会ったのですが、ご供養後、その彼女の口から出た言葉がとても興味的でした。それは生死霊となった女性の霊が霊界へと旅立つ(成仏を意味する)間際に「本来なら私は成仏しないところ、星椎先生の愛情の深さで上がって(成仏する)ゆけます」と言う言葉を残して旅立ったそうです。このように霊達も人間も同様に「愛情」に飢えています。星椎先生にしか出来ない「浄霊」と世間で霊能者と呼ばれる人の「除霊」との違いはここにあると自信を持って言えます。
星椎先生による先祖供養を体験した人にはこの「醍醐味」が分かるはずです!
投稿者:「霊ゾーンの真実」より抜粋
自殺者の供養
ある家族が私を訪ねてやって来た。その家の中学生の女の子は鼻血が出て止まらない、と言うのだ。その子は霊感が強く、霊障を非常に受けやすく、次第に学校の成績が下がっていった。
「もうあと数ヶ月で気が狂う」とその子は母親に訴えていた。よくよくその家族に聞いてみると、2人の自殺者がその家系から出ていた。自殺者を成仏させるのは、日本中どこを探してもいないだろう。その女の子は私のことを聞き、「この先生しかいない」と両親に告げた。母親は内心信じてはいなかったし、父親も全く信じなかったようだ。そこで、一家全員が私のところへ来て、20分ほどの祝詞で、亡くなった2人を浄霊することができた。実に簡単だった。私は神道で霊たちを導くが、実は神道でなくても楽に成仏させることが出来る。あらゆる手法を用いての浄霊も可能なのである。
私は目を閉じて念じるだけで、一挙に数万の単位で成仏させることが出来る。これは、嘘ではない。ただ、私はその人を治すために念じるだけで霊たちの成仏が終わってしまう。その中学生の女の子の鼻血はその夜には出なくなり、家族は明るくなった。しかし、両親共々しばらくは信じることがなかった。が、最近になって、有能な霊能者のところに行って聞いてみたらしい。そしてそれが本当だとわかり、納得した様子だった。
投稿者:「霊ゾーンの真実」より抜粋
ある事件で亡くなった方の供養
年の頃は50代半ばの女性が「ヒーリング〜宇宙へ」という本を読んで尋ねて来た。相談内容がいささか複雑だった。当クラブの応接間でいろんな話をしている内に、私は彼女の左肩にいる霊に気づいた。それが先祖の霊だとわかった。だから、早く供養した方がいいとも言った。すると、彼女の夫が死亡した話になった。その夫は船乗りで瀬戸内海を毎日往復していた。彼は結構女遊びが好きで、いろんな女性の相手をしていた。
その夜は、守衛の当番に当たり、食事を済ませると朝まで巡回になっていた。しかし、朝の交替時になっても彼は姿を現わさなかった。しばらく行方不明ということで、彼女は会社から連絡を受けていた。ところが、4日ほど経つと、瀬戸内海の広島沖に浮かんでいるのを、近くの漁船に引き揚げられた。一般に人間の死体は、3回くらい浮いたり沈んだりするそうで、その死体は最後の浮上にあたるそうだ。それを逃すと海中に沈んだままだったらしい。ところが、その船会社は彼の死を自殺と断定した。それは、会社の評判を気にしての処置だった。もし、殺人事件となると警察の手に委ねられ船会社が経営難に陥るからだった。しかし仮に自殺と判断した時、自殺する人が前日にカレーライスをおいしそうに食べるだろうか、と彼女は疑った。そんな船会社の説明に納得がいかなかったが、人の良い彼女は、船会社のことを考えると、どうしても訴えるわけにも行かなかったらしい。
そしていつの間にか15年が過ぎた。
「実は7回忌に仏壇の前で手を合わせた時に、映像が浮かんだんですよ。いきなり船上の風景が飛び込んできて、驚きました。それは夫が、同僚のガールフレンドである女性とデッキで話していたとき、背後からその男性が棍棒で夫の頭を強く殴ってしまい、夫は倒れました。倒れて間もなく死んでしまい、その死体を男性がロープで重いドラム缶に巻き、そのまま海に投げこんだんですよ。ガールフレンドは自分の口を押さえ震えていました。それをどう思います?どうも計画的だったようです」と言われたので、私は「それは真実です」と答えた。「警察に言ったらどうですか」と言うと、「言うと殺されます」と答えた。現在も殺した相手はその船会社に働いているらしく、相手の女性は名古屋のスナックで働いている、と言う。彼女の娘が霊能者に聞いてみたことがあるらしく、その二人は現在も罪の意識でおどおどしていると言う。私は彼女の願いで、成仏出来ていなかったその夫を成仏させてあげたのである。
投稿者:「霊ゾーンの真実」より抜粋