本サイトでは先祖供養・水子 供養・ペット供養など一世帯数千から数万体に及ぶ先祖霊を1回で浄霊するSuper浄霊の体験談や各種書籍をご紹介しています。除霊で改善しなかった方、お祓いや自殺供養などもご相談ください。

先祖供養 Super浄霊 星椎水精先生のコラム NEW ヨーロッパアルプス(撮影:星椎水精) 

遺骨

『 先日、帰省したときのことです。

去年若くして亡くなり、先生に浄霊していただいた従兄弟Sですが、彼のお墓がついにできたという知らせを聞きました。お盆に親戚が集まり、お坊さんを呼んでお経を読んでもらい、お墓に骨を納める儀式?をしました。先生に浄霊していただいていたため、悲しい雰囲気はなく、みんな笑顔の中で進んで行きました。

まず仏壇の遺骨の前で、坊さんの読経がありました。「お盆の最中、みんなSのために集まってくれて、本当に良かったね。」と心の中でつぶやき、みんなの優しさに感謝しました。

読経が終わると、今度はお墓までみんなで移動し、いよいよお墓に骨を納めることになりました。ここでも坊さんの長い読経があったのですが、そのとき、Sの母親だけ号泣しておりました。今までのことを思い出し、感極まったのかと思いました。でもよく見ると、Sの遺骨の隣に、もう1つの骨つぼがありました。誰のかわかりませんでしたが、後々聞くと、Sの前に生まれるはずで、5ヶ月で流産した子の遺骨でした。この叔母の涙は、この子の悲しみだったのか、と思いました。Sに関しては、成仏してるのだから悲しいはずがないんだけどな、と思っていたため、謎が解けました。

このように、30年以上経っても成仏できていないのが世間の現状なんだよね、と思いました。成仏している人と、していない人の違いを改めて見せられました。 』

 

流産というのは、魂が放置された状態なので、正しい浄霊をしてあげなくてはならない。世間では、水子供養と称して、形式的な供養をしているけれども、実際には成仏に至っていない。この文章にもあるように、この場合、母親だけが号泣している。霊感のあるこの書き手は、そのことを理解しており、母親だけの号泣が異常だと見た。その見解は正しく、水子が母親に訴えて、そのことを理解している書き手にも訴えてもいたようだ。

対岸の火事

『 こんにちは、昨日のニュースで、埼玉県春日部市で小5の子が母親に殺された事を知っていますでしょうか?このお宅が私の家から橋を渡って少し行ったところの家だそうです。昨日昼間内職の配達の方に聞きまして、その夜ニュースでやっていました。こんな近くで・・・と考えさせられました。そして先生のコラムとつながりがあると思って、じっくり読ませていただきました。でもなかなか難しいです、私のまわりでも祖父母が続けて脳梗塞になってしまったり、大変です。みせられていると思っています。先生と巡り会えていなかったら・・・と思うととても怖いです。これからもよろしくお願いします。 』

このあたりの土地は、私も何度も行ったことがある。やはり、関東平野一帯に戦いの歴史を感じる。そして、子孫として生まれたものは、皆戦いに無縁のものはいない。それなりに、縁を持って生まれ、先祖からは、何とか気づいて欲しいと思われている。そして、殺人などを起こす家庭には、先祖が怒りでエスカレートした状況を作ってしまう。このことは、日本人全体の問題であり、一人一人が自分のこととして考えなければならない。決して、対岸の火事とは思わないようになって欲しい。

体験談Tさん

『 こんにちは。いつも大変お世話になっております。今回もご先祖様のご供養を取り行っていただき心より感謝しております。

今回のご先祖様はご夫婦でお二人が心優しい方、と感じました。ご供養当日の朝、息子さんに当たる方がふらっと自転車でうちに来られたのです。特に用事もないのに・・・と思っていましたがその方が帰られたあと「今日のお二人があいさつに来てくださった」と気づきました。気づくのが少々おそかったですが嬉しさがこみ上げてきました。

時間になりAM10:59ごろから目を閉じていますと、すぐに大きな大きな菊の花が満開に開いていました。その菊の上にお二人がいるのです。そしてあっという間に上に上がって行かれました。この時間は1、2分くらいだったと思います。もう少し目を閉じたあと時間を見ましたらAM11:04でした。「え?もう行かれたの?まだ何分もたっていないよ・・」と思っていました。でもほっとして安堵感でいっぱいでした。

後でお礼の電話をしましたら、今日のご供養の一番始めだったということ、そして「スーっと上がって行かれましたよ」とお聞きしまして本当に良かった、先生や皆様にお会いできたお陰だと感謝しております。次の日の朝、このお二人のお孫さんがうちに野菜の苗を持って来てくれました。またお二人があいさつに来てくださったと嬉しくなりました。(9月2日) 』

現在のこちらでの浄霊スピードは、一人数秒しか要さない。寺の和尚や霊能者の読経では、30分から1時間費やすが結果は出てこない。月命日や1周忌などの法事を入れると、とてつもないお金と時間を費やす。形式で満足するのであれば、それはそれで良いのだろうが、多大な時間とお金の算段が大変である。しかも、それで成仏出来ていれば良いのだが、実際に満足出来ないものとなってしまう。家族の中で、霊感のあるものは、憑依されてしまうので、さらに厄介な問題となるであろう。

こういう体験談を通して、こちらでの浄霊というものを理解できる人が多くなれば良いのだが・・・。

放火

『 私の実家の田舎で起きた事件の話です。

もう50年以上前の話らしいのですが、私の実家の向かいの家で殺人、放火の事件があったそうです。当時、まだ幼かった幼児2人が何者かに殺され、火をつけられました。深夜の出来事だったらしいのですが、家が燃えていたのをまだハッキリ覚えている、と母が言っていました。

実家のある田舎で、しかも50年以上前に、こんな残虐な事件があったのかと驚きました。

カルマや因縁があるのかと思いました。

最近、その家のあった場所の木を切り開き、道が作られました。

家の窓から、その家があった場所がハッキリ見えるようになってしまいました。まるで私に、供養を催促しているように思えました。  』

家自体に深い因縁があり、先祖も深い因縁を多く持ったまま亡くなってゆくと、どうしてもそこの家族は、残酷な亡くなり方をする。この家も現在、無神論者ばかりになって、家族はばらばらになっている。時間と共に消滅する運命にあるようだ。末裔の誰かが、少しでも亡くなった先祖の苦しみを理解していれば、このような残酷な状態にはなっていなかったであろう。

灼熱地獄

東京では、熱帯夜が48日も続いたということで、新記録を更新している。自然現象は、人間には逆らえないものと諦めているものも多いが、実際は人間の考えが悪いために、予測が出来ない迷路をさ迷っているに過ぎない。

人間は、少し知識があるだけで奢り高ぶりを強調する。スポーツ選手も有名になると、天狗になるので、足元を掬うように常識のなさが露呈される。こういう異常な時期にこそ自分さえ良ければ、という意識は捨てて、家族や先祖のことを基盤に足元をしっかり固める必要がある。世の中に起きていることを単なる現象と思わずに、自分のこととして、自分の境遇に即して行動すべきであろう。でなければ、対岸の火事では済まなくなり、必ず火の粉がいつしか降りかかってくる。私が先祖の浄霊を勧めているにも拘らず、他人事のように私のコラムを眺めていると、ある日突然、灼熱地獄のように自分の身内に予期せぬ出来事が起きてくる。その時では、もう遅いのではないだろうか。

肉体の蘇生

 40歳を過ぎてから、若い体を取り戻すためには、絶えず努力が必要である。肉体は、常に風化作用を受けて、自然に衰えてゆく。肉体は、常にバランスで出来ており、バランスの崩壊は、肉体の崩壊を意味する。

肉体を維持する司令塔である脳には、明るい未来と希望が漲っていなければならない。希望がなければ、司令塔は作動しなくなる。作動しない司令塔によって、全体のバランスを失い、肉体は急速に衰え始める。これが老化である。実はこの老化、年齢に関係なく訪れる。

最近の若者には、希望のないものが多く、老化も早く訪れるようだ。希望という光がないので、人も寄ってこなくなる。最期は孤独死となるのが、最近の兆候でもある。

この光を与える与えないに関係するのが、先祖の成仏されていない霊たちである。暗い感じの末裔を見ていると、背後には暗い感じの先祖霊ばかりがいる。この暗く重たい先祖たちが、末裔を苦しめ前へと進めさせない原因でもある。体を蘇生させないばかりか、亡くなったものと同じ境遇を味わうことにもなり兼ねない。癌で亡くなった両親を持つと、その子も癌を引き起こす可能性があるとは、医者も口を揃えて言っている。それは、先祖が成仏させてくれと叫んでいる状態にある。肉体の中に遺伝子がある以上、先祖とは切っても切れない要素が含まれている。

先祖の浄化は、遺伝子の浄化であり、肉体の蘇生につながっている、との認識を誰もが持たなければ、家庭の平和はやってこない。

 

 

 

怨念

『 もう10年ほど前になりますが、私の実家(とっても田舎です)の上にある屋敷家の次男の方(20代後半)が、家で首吊り自殺をされました。自殺する数日前に、私が家の手伝いで田んぼを耕してして、耕運機が深みにはまってしまい、困っていました。そのとき、どこで見つけてくれたのかわかりませんが、駆けつけてくれて、泥だらけになって助けてくれた人でした。とても優しい方だったのですが、後日自殺したとの事を母から聞き、とても衝撃を受けました。その方の通夜を覗きに行きましたが、泣いている人が大勢いる中、その方の父親がいました。驚いたことに、首が片方に傾いたまま固定されたようになっており、たいそう不気味でした。そのときは気味悪いとしか思わなかったのですが、約半年後、その父親も家で首吊り自殺をしたようです。今でこそ、憑依しているとか、自殺の連鎖だ、とわかりますが、当時はそんなことも知りませんでした。

先日帰省したとき、またその家の話が耳に入りました。自殺した方のお兄さんが今、うつ病らしいのです。母親も、頭をやられたように、変なことばっかり言っているようなのです。「このままでは、この家は全員自殺してしまうんじゃないか?」という言葉が、私の頭をよぎりました。

あんな田舎で自殺が起こること自体、異常と言いますか、あり得ないと思っていたのですが、もう地球上、どこの家も他人事ではなくなってきているのを、今回実感しました。

今思えば、小学校の頃から、回覧板等を持っていく事がありましたが、当時から怖い、気味が悪い家でした。 』

この家にまつわる古い話があるようだ。実は、そこの先祖というよりもそこの土地自体に問題がある。どうも古い時代に埋没した男の亡骸があったようで、すでに土と同化したようである。無念で死んだ霊のために、怨念の意識がとても強い。このような場所に家を建てると、最悪な憑依現象が起こる。この自殺の連鎖は、怨念を持つ霊たちの仕業であろう。

霊界

幽界を霊界と言ったり、天国を楽園の世界と言ったりするのは、地球のシステムを知らない人が言う戯言に過ぎない。自分を神様のように振舞うのも、全くおかしな現象である。この地球に生まれたなら、同じ人間として役目を果たす義務があり、それに沿って行動しなければならない。

私も霊感や直感はあるが、それによる失敗も多い。それでもやはり黙々と努力しなければ、目指す視界は見えては来ない。現在を生かされているのは、役目を果たさなければ次の転生を許されない、と理解しているからである。

ただ、霊界は地球の素晴らしいシステムであり、宇宙の窓であり、入り口でもある。肉体が100年程で衰退するにあたって、永遠の命を魂に委ね、器を変化させ、或いは宇宙へ光となって飛び出して行く基地が霊界でもある。この基地から他の星へ行くのは、近ければ一瞬で到着する。そのような素晴らしいシステムだからこそ、霊界へ行くことは魂の夢でもある。

人間が死亡しても、魂は「霊」と呼ばれ、地上を徘徊するか幽界に佇む。地上での罪を作ったものは、落とされ餓鬼界や地獄界、魔界へと墜落してゆく。

絶えず、無欲となって行動を起こした者だけが、最期に霊界へと導かれるようだ。

 

体験談

『 先日は二名のご先祖様の浄霊をありがとうございました。

先日、主人との会話の中で星椎先生のお力を改めて実感する事がありましたのでご報告したいと思います。長文です。

私は主人にご供養を続けている事は伝えてあるのですが、詳細は全く伝えていませんでした。先月の23日にご供養していただいたのですが、8月に入ってから主人が「最近、何か霊的?な事してもらった?」と言うので「どうして?」と聞くと、「7月の末あたりの週に、今まで長い間、頭がいつも重たい感じがしていたのが突然スッキリした」と言うのです。多分ご供養をしていただいた後あたりの事だと思うのですが、それを聞いた時に、今回ご供養をしていただいた一人の方は主人の父方の祖母で脳梗塞で亡くなっていたのを思いだしました。

やはり、末裔に救いを求めていたのですね。今まで中々ご供養に至れなかった事を申し訳なく思ってしまいました。それと同時に星椎先生のお力のすごさを感じる瞬間でもありました。

それから実家の母ですが、4年前に乳癌になり、うつ状態で引きこもっていたのですが、今年の始め頃から外へ遊びに出かけられるようになったのです。医者からは、たちの悪い進行癌だと聞いていたので、このままどんどん悪くなっていくのかと思っていたのですが、逆によくなっているようで正直驚いています。

何も見返りなど求めずにご供養を続けていると(モチベーションを上げ続けるのは自分自身大変な事なのですが)のちに身の回りの変化に気づかされるのかな…と思いました。

私には霊感など全くないのですが、今までと同様に目標をもってひたすらご供養に励んでまいりたいと思っておりますので、今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。

この度は本当にありがとうございました。 』

良く、このような内容の体験談は、本当のことですか?と尋ねられることがある。どの体験談も実際のメールや手紙に基づいたものである。名前や固有名詞は、イニシャルにしたりはするが、故意に削除したり付け加えたりすることはない。しかも、本人の了解を常に取って公表することは、当然のことと考えている。事実でなければ、このようなリアル感は出てこない。体験談を毎回、私が考えることは、いくら創作力があっても不可能に近いことである。

ここにもあるように、発表される人の意識は、常に純朴で偽りがない。このような意識での供養をみんながすると、もっと日本は平和になるだろう。

自然崩壊

温暖化の影響で、老人だけではなく若者が熱中症になり、死亡する事故が増えている。医学的には、体にある汗腺の数が極端に減り、それによって汗の冷却が出来ず、高熱を出して脳が破損し死亡に至るという。

汗を出す、という体の仕組みが自然の摂理に基づいたもので、幼い頃から冷房に満たされた過保護が、このような自然の猛威に耐えてゆけない体を作ったとみて良いだろう。心身の乱れは、脳の破壊になってゆくという教えを地球の神は暗示している。これも、自然淘汰の一環で、人が人を裁くのは、ある意味では殺人ともなり兼ねないので、自然がそのようにひ弱なものたちを裁いてゆくことになる。

老人はともかく、若者の崩壊は、先祖にしてみれば絶家につながることなので、非常に苦しいことでもある。末裔が存在することによって、先祖が霊界へゆく望みの綱でもある。その末裔が死滅することは、糸の切れた凧になって、地上や幽界を彷徨った挙句、宇宙のちりとなってしまうことになる。そんな怖さを全く知らない若者たちは、自然の猛威に今後も晒されて、若者の数はどんどん減らされてゆく。

 

供養の感想

『 今年もお盆に帰省し、実家や親戚のお墓参りをしてきました。

星椎先生に先月供養していただきました、親戚の祖母の家にも行ってきました。49日前で遺骨がまだ家にあったので、仏壇にお参りしてきました。「成仏できて良かったね」と言いに行ってきたのですが,成仏しているためか、仏壇の周りは明るかったように思いました。

遺影には祖母の、これでもか!というぐらいの笑顔が映されており、「いつ撮ったの?」と思わされるほど、素敵な写真が飾られていました。これが浄霊していただいた時に姫路さんがおっしゃった「満面の笑みで上がっていった」顔なのかと思いました。さらにその遺影が明らかに明るく、光輝いていました。白というか銀色というか、そんな光に包まれているように見えました。一緒に供養して頂いた祖母の旦那さんの写真もありましたが,さすがに嫌な感じはしなかったものの、厳しい感じがし、明らかに祖母との違いを感じました。

本当に浄霊して頂いてよかった、星椎先生の浄霊は本当に凄くて素晴らしいものなんだ、と改めて思いました。先生、本当にありがとうございました。 』

こちらでの浄霊の真価は、家の雰囲気が明るくなったり、仏壇の写真に笑みが溢れている場合が多い。このように霊感があれば、確実に分かるのだが、霊感がなければ、理解できずに次の供養に到達できなくなってしまう。霊感があるかないかは、心で感じ取るものだが、心のない人は、顔の表情に豊かさが消失し、見た目が冷たい感じを受ける。人間との交流が無くなってゆくために、肉体の血流も悪くなり、孤独へと向かってゆく。人は支え合ってゆく、というのが本来の道筋なので、そこを間違ってはならない。上の文章には、そのような不安なものがないようだ。

 

 

自己意識

『 先生の本日のコラムにちなんだことですが、日本人の若い人の格好はみな同じというか、茶髪にすることが個性の発揮だと思っているのでしょうが、残念ながらすぐ日本人だなってわかりますね。5年ほど前にワシントンDCを訪れたときも、あちらから来るのは日本人だなってすぐにわかりました。男の人たちは髪をとんがらがせて”栗太郎”のようでしたから。それと、こちらに来るスポーツ選手もしかり。なぜか茶髪にしている選手が多い。サッカーのワールドカップの日本の試合をチラッと観ましたが、やっぱり茶髪の選手が多く、そして、そのプレー自体も中身が無く、相手を小ばかにしたようなことをしているのが目立ち、ああこれでは負けるなと思いました。 』

今の若いものたちは、自己意識が顕著である。自己意識も中味が伴えば、言うことはないが、中味が伴うことがないために、内面を隠した表面だけを繕う結果となる。「自分さえ良ければ良い」ということが、周囲に大きな迷惑となる。

この夏に、北海道に行ってみたが、飛行機の中でも姫路がトイレに入ると、洗面には水浸しで汚かったようだ。前に入った女性は、やはり、茶髪の若い女性だったらしい。躾も常識も教わることのない若い日本の女性は、もはや手の施しようのない状態である。彼女たちの毎日の生活実態には、忠告をしたりされたりの習慣がない。最期は、孤独死が早い時期にやって来ることは間違いないようである。そこには、先祖からの応援もないので、亡くなってから、心霊スポットのような場所で地上界をさ迷うことになる。

 

自然への感謝

『 8月11日にご先祖様のご供養いただき、ありがとうございました。明け方近くに雨音で目が覚め、ああ、これは恵みの雨、慈雨、ご先祖様からだと思いました。

こちらアメリカは5月からずっといい天気に恵まれ、でも、雨が無く、どこの木々も草花もぐったりして、庭の木蓮の木はすっかり葉っぱが落ちてしまうほどです。毎日予報では夕立があるはずですが、まず降らない。作物はとてもよく育っていますがやっぱり適度の雨が無いと枯れてしまいます。芝は枯れたように見えても挽回できますから、野菜畑と鉢もの、草花には水遣りをしています。本当にお蔭様で胡瓜やトマトが豊作です。石油流失で、もしハリケーンが発生してこちらにまで来ることになると、巻き上げられた石油入りの海水が降ることになり作物は一発でだめになるだろうといわれております。幸いにもまだそのようなことになっておらず、地元の農家の作物、自分の庭の作物をおいしくいただけることに感謝しております。

 天候の話ですが、これもご先祖様が守ってくださっているのだと思うことがあります。それは、この夏は何度と無く竜巻警報や激しい雷雨注意報が出ているのですが、本当に幸いにもこのあたりを避けて行ってくれています。雷雨があってもそれほどでもなくむしろもうちょっと雨があってもいいかなと思うくらいです。7月中旬の話ですが、雨が降る前にと犬の散歩にいったところ雷雲が来るのが見え、これは来るぞと思いましたが、通り過ぎていき稲妻を見ていることができました。 』

昨今のアメリカでは、海底油田の掘削機爆発に伴い大きな被害が出ている。アメリカの世界に対する傲慢が、このような形で帰ってきている。それは、隣国の中国も同じで、力で勝ち取った地域に災害が噴出している。ソ連も森林火災で岡山県くらいの土地が焼失した。人間がもたらした温暖化による急速な変化は、さらに加速し、元の地球に戻そうと地球規模の提案がされてくる。その間にも地球の温暖化は加速され、逃げ場の失った人種は淘汰される。淘汰される前に、先祖との一体感を理解してゆけば、このように周囲との格差が分かるようになる。

生活の変化

地球の温暖化によって生活は急速に変化する。人間の感覚も変化し、変化に対応できない人種だけが滅んでゆく。温暖化は、人間が化石燃料を消費することで加速化されてはいるが、科学者に依れば、過去に何度も温暖化は起こっており、南極が氷のない時期もあったらしい。このことを考えると、現在は間氷期にあり、大きなうねりの中で温暖化に向かっているのだと解釈した方が良いだろう。その中で、人間が生き延びるための知恵を働かせてゆくことが肝要となる。知恵を働かすにも脳が発達していなければ、生き延びる手段は消滅する。この知恵には、尊い先祖の意識が必要となる。尊い先祖の意識が無くなった時、地球での生活は困難となる。末裔が生まれても、末裔が、先祖に意識を持たなければ、先祖もその末裔に対し、賢明な意識を授けることはない。もはや、現代はその取捨選択をさせられている時代であり、心あるものだけが生存を許される形態となるであろう。現代の生活の変化は、そのことの前兆である。

手紙

『 方位除けの遠隔でのパワー入れ、ありがとうございました。

直後に感じましたのは部屋の気温が違ったことです。パワー入れ後の方が過ごしやすくなりました。

一番違いが分かったのは、飼い猫の行動です。うちの猫が3週間くらい前から主人のいる部屋に入らなくなっていたのです。7月初めの1週間、主人が愛知県の実家に行っていたことが原因かもしれません。

元気もなく、昼間もずっと仕事をしている私の後ろにバタっとなって寝ている事がほとんどでしたし、パワー入れの2、3日前には出かけて帰って来ると右後ろ脚にケンカで怪我をさせられたキズが2か所も出来ていてビックリしました。家のパワーが落ちていたせいでしょうね。

ところが、先日方位除けのパワーを入れていただいた後は、猫が主人の部屋でくつろいでいるのです。そして昼間も外へ元気に遊びに出かけて行きます。こんなにも違うのかと驚きです。

動物には、人間が気づかない目に見えない事を感じる力があるのでしょうか。うちの猫の行動で先生のパワーのすごさをまた改めて実感しました。これでまた1年間安心して生活できます。

ありがとうございました。 』

動物は、人間には見えない鋭い霊感を備えている。動物の行動によって、その家の状態が分かるとも言われている。アメリカやイギリスでは、科学的に霊の存在を立証するための実験が、ここ数年で盛んに行われるようになった。実験には、科学者が真剣に取り組んでいるようだ。日本では、科学者が、UFOの存在も認めようとしないし、霊の存在を否定している有様である。この見解の差は、数十年はある。

ここにあるように、霊の存在を自分が理解できないのであれば、猫や犬などの動物に判断してもらうのも良いことだろう。写真で見る限り、とても賢い猫である。

 

先祖の調べ方

問い合わせの中には、誰を先に供養すれば良いのか、とか、どうやって先祖を調べたら良いのかが分からない、という質問が多い。一番霊として強いのは、最近大病して亡くなったものや自殺したもの、深く愛していた夫、妻、子供など。

一般的な順序は、父母祖父母水子の次に最近亡くなったものから古く遡ってゆく。ある程度調べれば、分からなくなる。よくある家系図では、江戸時代中期くらいが見当たるようだ。まず、そこまで調べれば優秀な方で、殆ど分からない家族もある。分からなければ、こちらで何番目という霊順があり、最近亡くなったもののすぐ後ろに戦国時代の武将が入ってくる。霊たちが決めた霊順に従って浄霊をする。身近な人が亡くなったり、ガンの人が亡くなったり、自殺者などを浄霊したときは、供養した家族が、肉体的に軽くなる場合が多いが、自分がガンになっていたり、重病になったものが供養する場合は、先祖を一挙に浄霊しないと追いついてゆけない場合もある。

先祖の調べ方としては、お寺の過去帳か墓に刻んでいる名前か役場の戸籍係で除籍簿をコピーしてもらうことだろう。役場も「家系図を作る」とか「過去帳を作る」とか言えば、便宜を図ってくれる。中には、最近、行政書士が家系図を作ることもしているらしく、50年前くらいまで遡って作るらしい。こういったことを参考に調べてはいかがかなと思う。ただ、お盆や彼岸に際して、お寺の坊さんの具合が悪いことが多く、過去帳を調べるに難しい、という話も伝わってくる。寺の納骨堂では、霊たちが暴れて、寺の住職に襲いかかってもいるようなので、極力自分で役所に行き、調べることを勧める。

 

水子

水子の浄霊を行う時に気づくのは、幼い魂の状態ばかりではないことが多い。世間での水子は、幼い魂のままだから大したことではない、と思うだろうが、実際は幽界へ行けないままその家で成長する場合が多く見かけられる。年齢の分だけ成長していたりするのである。テレビドラマでも、「生きていたら、あなたと同じくらいになっている。」というセリフがあるが、あれは実際に成長した霊がそばに居り、思い出させるために、波動の近い霊を呼び寄せて、本人に思い出させようとしている。水子と言えども、結構強いパワーを持っているので、こちらでの本格的な浄霊を受けた方が良いだろう。

8月10日の感想

『 本日11時より、アトランティス教会にて当家ご先祖様8名の浄霊を執り行っていただきました。

今回もまた、星椎先生の浄霊を間近で拝見させていただきました。

浄霊が始まり、本日ご供養される方のお名前が呼ばれていきました。当方のご先祖様が呼ばれた時、全身に鳥肌が立ちました。そして、「長い間お待たせし、申し訳ありませんでした。星椎先生、ご供養を受けてくださり、本当にありがとうございました!」と心の中で祈っておりました。

すると、少ししてから、目の前に丸いエネルギー体のようなものが見え、それが上空に吸い上げられていきました。ワームホールに吸い込まれていくように、上空に向かうトンネルを、すごいスピードでシュワーっと上に吸い上げられていきました。それが3回ほど見えました。瞑想が終わり、今回もあっという間に浄霊が終了しました。

終わった直後に姫路さんに、「ご先祖様がみんな、しっかり頑張れよ!って言っていたよ。」と言われました。本当に私にとってありがたいお言葉でした。終わってからは、いつものように清々しい気持ちでいっぱいでした。

改めて、ご先祖様を救うのは自分しかいないのだ、と思いました。ご先祖様たちが必死になって星椎先生に導いてくれたことに感謝し、最後まで絶対に供養をやり遂げてやる、と心に誓いました。ご先祖様の応援を身に沁みて感じるため、その気持ちに報いるよう頑張ります。まだまだ大勢いらっしゃいますが、お盆前に少しでもご供養してあげられて良かったです。星椎先生、姫路様、ご供養していただき、本日は誠にありがとうございました。 』

                            

「すごいスピードでシュワーっと上に吸い上げられていきました。」とあるように、アトランティス神での浄霊は、ほんのわずかの時間で浄霊が終わる。先祖からの感謝の意が、浄霊のシーンの確認へとつながってゆく。彼にとってはとても良い1日となったようだ。

京都

盆地になっている京都の夏は、今年は特に暑い。夏休みともあって、相変わらず観光客が多い。そんな中、金髪の外人なのかと思いきや、日本の若い女性である場合も多くみられた。彼らのお化粧には、身勝手な意識があり、先祖もたいそう嫌うだろうなと感じられる。
先祖の大半は、日本人の古風な考え方であり、決して金髪の末裔を許すことはないだろうし、応援も少ないと思われる。
何かあった時のことや老後のことを考えることの重要性を理解していない低レベルの人種が生まれているのだとつくづく感じらせる世の中となった。これは私だけではなく、周囲の人の状況からは、彼女が通った後に、怪訝な顔で見ているのは、何故なのということを意味しているのであろう。彼女の先祖達の目も同様であった。

チャンス

私が行う先祖供養は、千載一遇のチャンスである。そのチャンスをチャンスと思わないものは、欲があまりにも強く、欲の重みによって道を誤る可能性がある。そのチャンスに対して素通りするのは、霊感がないために供養出来ない。心眼を磨かねば、本物と偽物の区別がつかなくなる。供養をすると、先祖が喜んでいるのが見えるし、供養した人もすがすがしく感じることだろう。この感謝の気持ちが、カルマを軽くする。そこに打算はない。更にきれいな心を生むのである。強い欲は、将来の明るい兆しにブレーキをかけてしまう。そのことが分かるのは、先祖をないがしろにした結果、大きな病気にかかって、事故を起こし、すべての財産を失った時である。東京から最近電話をかけて来た若者は、自分の浄霊代を送るから、と自殺を予告してきた。彼の浄霊はできるが、転生できるかは疑わしい。宇宙のチリとなることも考えられる。自分は生かされている、という感謝がまったくない。現代人が失ったもの、それは感謝の心である。感謝の心は供養の心と一致する。そこがチャンスの分かれ目でもある。

お知らせ

お盆休みは8月13日(金曜日)から16日(月曜日)です。

お盆前の浄霊は8月10日(火曜日)となっています。

受付は9日までですのでお早めにご連絡ください。

その次の浄霊は8月26日の予定です。     緒方

光の方向

一般的に人は、明るい方向と暗い方向のいずれが選択の道なのかを考える時期がやって来る。明るい方向は、希望と情熱が満ち溢れ、一筋の方向へと突き進んでゆく。パワーの漲ったロケットのように、計画性と入念な準備が必要である。パワーがあっても、計画性がなければ、どこへ行くのか分からない。パワーがなければ、飛び出すことすら出来ない。

一方、暗い方向は、パワーもなく希望もなく計画性もない。このような将来の不透明さは、本来、歩むべき道に立ちはだかった黒い影の存在がある。黒い影とは、すなわち先祖霊であったり、浮遊霊であったり、生霊であったり悪魔であったりする。このような黒い存在を払拭させるのが、浄霊である。浄霊をして初めて、光の差す方向が見え始める。それは、1体や2体の先祖霊ではない。長い時間をかけて、ゆっくりと浄霊を行うことである。 

リズム

リズムは、非常に大切で、体内にもバイオリズムがあるように、生きてゆく上で重要なものとなっている。目標を設定する意味でも欠かすことの出来ないこのリズムは、人によって強弱がある。

1日の上で、このリズムの強弱が激しかったり、分刻みで強弱が激しい場合は、1つの体の中で、魂が肉体を争奪する事態が生じている。

これは、目的意識のあまりない魂に対して、警告を与えた地球の神の仕業でもある。争奪している魂は、殆どが浮かばれていない先祖であるが、もっと弱い魂の場合は、浮遊霊や悪魔なども取り入れている。

いずれにしても、肉体の中は1つの魂で芯を固める必要がある。芯を固めれば、強いリズムが脈打ってくる。そして初めて、自分の目標が定まり始める。

供養の心

ここでの先祖供養は、無欲にならないと出来ないようになっている。それは、供養の真髄を行うからである。いかに偽者が世の中に多いかを知る必要がある。無欲は人を助け、先祖を助け、自分を助けることになる。欲を強く持った人は、1次的には成功するが、最後はエゴばかりになって没落する。

例えば、最近のマイホーム主義で若くして家を持つ人が多くなって、先祖供養より家を建て、先祖を無視して生活をし始めて、急に生活が苦しくなるケースが増えている。こういった先祖を無視してしまうと、昔、墓所だった上に家を建て、悲惨な目に合うようだ。現在のように建設する土地がなくなってしまうと、欲の強い人はめぐり合わせるように、良いことがなくなる。例えば沼地を整地した場所に家を建てるとか竜神上げもしない井戸の真上に家を建てた場合最悪の事態が起こる、といったケースもある。しかし、逆に1体でも無欲な心で供養を行うと、先祖もそれを認めて、障りを最小限に縮めるようだ。そして、一生懸命な姿を見た先祖が、応援をし始める。この一体感が、エネルギーを高め、肉体の老化を防ぐ要素となる。いわば、本当の供養は山登りで例えれば、近道を行くようなものである。回り道や険しい道が何も人生ではない。

 

現代人

どの家もやがて家系が途絶える日がやってくる。今日の日本にやる気のない青年が生まれてくるのは、その子が悪いのではなくて、むしろ先祖を供養しなかった親に問題がある。親族たちも先祖に対しての優しさなどなく、自分の老後ばかりを考えているようだ。そんな老後を迎える老人が、お金を騙し取られるのは当然の成り行きなのである。社会が悪いとマスコミは批判するが、種をまいているのは批判をする彼ら自身にある。そういう人の老後は淋しいし、孤独である。背後霊も重いし、守護霊などはあり得ない。歳をとるにつれてパワーもなくなり、病気になりこの世を去ってゆく。霊の世界に入って始めて気がつくことは、霊界からの迎えも来ないし、現世からのお祈りもない。そのときになって孫やひ孫の後ろに順番につくのである。孫たちはこういうであろう「こんなおばちゃん知らないよ。なんでこんな人のために供養しなければならないのよ!私は一銭も出しません!」と。これを聞いた霊たちは怒り心頭となる。事故を起こしてやろうか、病気がいいのか、金銭のトラブルか、家族の不和か。まずは家族の不和から始まり、ガンや大事故に発展する。こうなった時に、最期の送り手として霊界から守護霊を差し出す。しかし、これも選別され、行いの悪い親族は家系を絶やされるようになる。現在の日本の少子化はこのような現象で起きているようだ。

 

来世

『 こんにちは。いつも大変お世話になっております。今回はご先祖様のご供養ありがとうございました。今回お願いしました、親戚のTさんご夫妻のご家族の方にここ数年の間にいろいろな事故やら大変なことが多かったので、今回のご供養で少しでもご家族の方が落ち着いて生活できるようにと思っています。当日、目を閉じていましたら白っぽい動物のような4本足動物のようなものが見えました。・・・よく見てみると人間です。でも体つきは動物でブタのようだと感じました。お礼の電話とメールで、「来世の姿が見える時もある」と教えていただきビックリしました。複雑な気持ちですが今回のお二人の障りがなくなっただけでも良かったと思いました。 』

『 補足:親戚の家について(スタッフの緒方が聞いた話)

今回ご供養をした夫婦の息子(60代)は最近トラクターで畑の横にあったお地蔵様を倒してしまい、その拍子にお地蔵様の首と合掌した手が取れてしまった。倒れたお地蔵様を奥さんと二人で起こしただけでそのまま今でも知らん顔をしてお地蔵様を建てた家の人には連絡も、謝りもしていないという。お地蔵様が倒れた日にお地蔵様を建てた家のおじいさんが亡くなったということを後で聞いて大変驚いて、何か関係があると思いました。また、お地蔵様を倒した人の息子の嫁がアレルギーによる発作を起こして大変だったり、孫が階段から落ちて頭にけがをしたり、良くない事が次々と起こっています。 』

 

お地蔵様というのは、人間界でも位が高い。そのような位が高い像をトラクターで倒してしまった。それだけでも罪が重い。その後に、知らん顔をしてお詫びもしないというのは、更に罪が重くなる。建てた家のおじいさんは犠牲者になったが、お地蔵様を倒した男の来世は豚になるという暗示を与えられた。そもそも感謝のない生活をしている人間は、いずれ叩かれ躓き、人生の転落が始まる。これは、その見本である。

心のゆるみ

こちらでの供養を続けている人でも、一旦、供養を休んでしまうと、なかなか供養が続かなくなってしまう。「供養はマラソン」という意味が、実はそこにある。

人間は、楽な道を選びたがる。楽な道に入ってしまうと、元の道へは戻れなくなる。いつでもその道へ帰れる、という油断は、帰れる、という幻想に過ぎなくなる。

供養もマラソンも、リズムがあって、そのリズムを壊すと、再びそのリズムを掴むことは難しくなる。本当に供養をする気があるのかないのか、という真を問われることとなる。単に「心のゆるみ」という問題ではなくて、供養の真髄を深く理解しているのか否かで、大半は利己主義によって左右されている。

守護霊

守護霊と背後霊を良く間違える人が多いようだ。守護霊は、その人を守る形で現れる。霊格が高いために常に存在するわけではない。防御のために前につく場合もある。必ずしも後ろではない。これに対して背後霊は、その言葉通り背後に存在する霊である。これは、殆どが先祖の霊が多く、霊格のそんなに高くはない。むしろ人間界のものより下の霊が殆どである。霊が少し見えるものが、これを守護霊だと何も知らない人たちに言うことがある。このことを受け取った側は、安心して先祖の者たちは浮かばれているのだと安心する。しかし、本心から霊界を信じて、先祖のことを生前に少しでも供養する人が果たしてどれほどいただろうか。殆どいないために、先祖の霊は、数千体もの行列を作って哀れな姿で、後ろに連なっている。こういう重い霊体では守護霊はつかない場合が多い。

『 こんにちは。 先日 母が私の家に来まして、こないだ供養していただいた母の兄さんが夢に出て来たそうです。このお兄さんは交通事故で悲惨な姿で亡くなっており、母は事故後のあまりの酷さにその姿は忘れられないと言っておりました。生前お兄さんはとてもお祭り好きな方だったそうで、今回、母が見た夢の中では、お兄さんがお祭りの中で元気で楽しそうにしており、母に向かって笑顔で喜んでる姿を見せてくれたそうです。その夢が夢とはおもえなかったくらいにリアルだったと話してくれました。そして母は、供養をして、亡くなった人達の喜んだ姿をこうして実感する事が出来て本当によかったと申しておりました。母がこれからも先祖供養を続けて頑張っていきたいとも話してくれました。私もとても有り難いことだなぁと心から嬉しく思っております。星椎先生をはじめ、アトランティス協会の皆々様に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます。こんな話しをメールしてしまってすみません。また近い内に供養のお願いをしたいと思っております。準備が整い次第連絡しますので宜しくお願いします。 』

交通事故で悲惨な姿で亡くなった場合、スクラップ化された車の中に閉じ込められたまま移動する場合が多く、魂自身も動けないことが良くある。この場合、母の兄である魂も、事故現場と兄の住まいとを往来していたようだ。

浄霊によって、成仏したことを何とか告げたいと思い、リアルな夢を依頼者である母に見せた。普通の夢は、シャボン玉のように消えてしまうのだが、重要なお知らせに関しては、現実のような生々しさが映し出される。本心からの成仏を願うお祈りには、感謝の気持ちが返って来る。

浄霊の感想

2010年7月23日 

午前11時より、アトランティス教会にて親戚の祖母夫妻のご供養を執り行っていただきました。幸運にも、その場に立ち合わせて頂くことができ、先生の浄霊を間近で拝見することができました。

いよいよご供養が始まり、祖母たちの名前が呼ばれたとき、「よかったね、いよいよだよ。これで成仏できるよ。夫婦揃って、向こうで頑張ってね!」とつぶやき、瞑想していました。すると、左上からフラッシュのような眩しい光が3回ほどあって、その後少しグルグル回るような感じを受けました。アトランティス神さまの浄霊はホントにあっという間なので、瞑想もすぐ終わってしまい、それ以外は感じれなかったのです。ですが、終わった直後に、隣にいた姫路さんが「よかったね!おばあちゃん、満面の笑みでニコニコして上がって行ったよ。」って言ってくださいました。それを聞いた途端、その情景が想像でき、嬉しくて涙が出そうになりました。

供養が終わってからも、ウキウキ感が止まらず、最高の「ばあちゃん孝行」をしてあげられて、本当に良かったなと思いました。この“ウキウキ”こそ、祖母たちの気持ちに違いなく、この気持ちを共有できるのが、何とも言い難い、供養の醍醐味なんだと実感しました。

祖母はまだ亡くなって1週間も経っておらず、自分の今置かれている状況も把握できないだろうから、ワケがわからないまま上に上げられるのかな?と思っていたのですが、無神論者でなかった分、理解も早く、今日という素晴らしい日を迎えられたのだろうと思いました。

星椎先生、ご供養を受けてくださり、本当にありがとうございました!

姫路さん、祖母たちを見届けてくださり、ありがとうございました。

まだまだ山のようにいるご先祖様を供養してあげられるように頑張りますので、これからもよろしくお願いします。本日は本当にありがとうございました。

 

カルトの問題

こちらでの浄霊をカルト教団のように中傷するものがいる。私は、浄霊の素晴らしさをコラムに書いているだけで、教えを強要することは全くない。全国からのメールも浄霊の申し込みだけで、こちらサイトからの積極的な説明はあり得ない。浄霊を申し込む場合も、SUPER浄霊シリーズや体験談の本を何度も読み、納得してからでなければ、こちらの受け付けは拒否するようになっている。

カルトとは、経本に沿って無理やりに教え込むことが本質のようだが、こちらでは自由参加で集会など全く行ってはいない。浄霊時も各家庭でその時間にお祈りをするのだし、家で出来なければ、車の中でお祈りする場合もあるようだ。個人個人に説教することは殆どない。霊感のある人だけが、同時刻に浄霊のシーンを見たり、鮮明な夢を見たりするので、供養が続いているのが現実である。霊感のない人は、1回の供養で終了する。

私の信条は、「去る者は追わず」で、先祖供養の必要のない人を無理な強要などはあり得ない。むしろ、1度きりの供養などは、しない方が得だと思っている。従って、組織的な要素は皆無で、浄霊を確信している人のみが続いている。

県庁で宗教法人を申請しても、「インターネットだけでの供養は、宗教とは言えない」とまで言われている。つまり、組織にはなってはいない、という理由で却下されている。

組織になっていないのに何故カルトなのか、であるが、何も勉強していないものたちは、批評すれば満足するという変質的なものがある。どの時代も、新しい風が吹こうとすると、それを阻止しようと躍起になるものがいる。そんな動きはやむを得ないことなのかもしれない。いつか私を理解する時代となるだろう。

最期の仕事

最近は、70歳過ぎのお年寄りからの浄霊依頼がたまにある。彼らは、死について真剣に考えているようだ。死について考えれば、先祖のことがとても気になるという。そして、初めて先祖供養の大切さを知ることとなる。彼らは、自分が贅沢することはあまり考えてはいない。それよりも自分が先祖になることを考えた時、最期の仕事として供養を決断する。自分の財産を孫や子供に与えても、決して見返りが来るわけでもないということを知っている。

ここでの浄霊を予約する人もいるが、自己本位の人が多いようだ。先祖が苦しんでいるにも拘らず、孫や子供に見返りを期待して、先祖のことを後回しにしている。それは、口先だけの先祖供養で、自己本位以外の何物でもない。

孫や子供にとって、金銭のある親は、見逃しがたい存在と言える。仮に、お金のない親である場合、すぐにお金のいらない老人ホームに入れられる。そのことをしっかり理解しないと、最期の仕事に到達できないことになる。

こちらでの供養は、そのことを理解しない申込者を出来るだけ断るようにしている。あくまで本人の意思を尊重するし、自己申告以外の申込者は全くいない。今日も学生の申し込み者がいたが、社会人になってから考えるようにと丁重に断った。若い子は、自分が助かりたいがための申し込みなので、本当の先祖供養にはなっていない。

そういう意味で、お年寄りが最期に行う仕事が先祖供養とは、なかなか味わい深いものがある。

お盆前

お盆前になると霊が幽界や霊界から尋ねてくる。餓鬼界地獄界から尋ねてくると、喉が渇いたり甘いものが急に欲しくなったりする。これは、生きた人の肉体を借りて飲んだり食べたりするようだ。このような現象は、お盆一ヶ月前くらいから霊感の強い人に襲ってくる。この現象が日常茶飯事であるなら、一刻も早く供養されたほうが良い。お酒を飲んだ時に、人が変わる現象も先祖の入れ替わりである。事故が頻繁にあったり、微熱が続いたり、家にいると具合が悪かったり、眠くて仕方がなかったり、お金の出入りがあまりに多かったりするのは、先祖が何とかして、その苦しい思いを伝えたいと必死になっている証拠。先祖が悪さをしているのではなくて、先祖が必死になって助けを求めている状態である。もし、このようなことを無視すると、今度は自分が死んだ時に同じ目に合う結果となるだろうし、医学的な見地から証明されているように、ガンの家系はガンが続くことになる。ガンで死んだ人は、成仏がかなり難しい。これらのことを踏まえて少しでも早く、こちらに知らせて欲しいし、出来れば盆前が良い。

 

除霊と浄霊

よく一般の人から、「除霊をお願いします」と言うのを耳にすることがある。この除霊という言葉は霊能者が常に使う。簡単にいえば、霊をはずすことなのだが、偶然そこを通りがかった時に憑依した自殺者や事故にあった霊などを無理にはずしたりしている。しかし、霊としては、憑依するだけの意味のあったもので無理やりにはずされると、逆に外したものを襲ってくる場合がある。霊能者の文言を聞いていると、「あっちへ行きなさい」とか「あなたの来るところではない、出て行け」などと言っている。いずれも幼稚な手法である。これが除霊で、霊感のあるものなら誰にでも出来る。

憑依して苦しんできた霊には、やはり浄霊してあげるべきであろう。しかし、浄霊はあくまで霊界へ導くための行為で、実は誰でもが出来ない深い約束ごとがある。

霊能者は、除霊と浄霊を勘違いしていて、自分でも行えると考えがちだが、それは人間が考えたご都合主義で霊界を司る者たちが与えた力ではない。浄霊できないと分かっていながらお金をとる人もいる。現在の新興宗教の大半がそうである。だが、先祖のことも何も考えない人の集まりよりもましだと霊界の司者はみているようだ。

豪雨の中

『 ご無沙汰しています。Nです。北九州は豪雨の被害が出ているようですが、みなさん大丈夫ですか。心配しています。こちらも山や川が近いので心配ですが、まだ降ったり止んだりといった状態です。大雨も明日の朝までの予報ですが、もうしばらくの辛抱ですね。お気をつけ下さい。

ところで、先日興味深い夢をみました。亡くなってからちょうど2年、供養をしていただいてからちょうど1年の、友人のSがでてきました。場所は彼の眠っている墓から車で3分ほどのある家で、彼が庭の花にニコニコしながら水をやっているところでした。僕は車で彼に近づきましたが、フェンスを挟んで完全には彼に近づけず、これはこの世とあの世の境目なんだと後で思いましたが、15mほど離れた場所から僕が手を挙げて挨拶すると、彼も手を挙げて挨拶を返してくれました。とてもすがすがしい夢でした。僕は相変わらず貧困から脱出できずに模索状態ですが、最悪期からは脱出できた感じがあります。すぐに次の供養ができずに、心の中でご先祖様に「もう少し待って下さい。」と話しかけていますが、いつも頭にご先祖様のことを入れて毎日を送っています。今後ともよろしくお願いいたします。星椎先生によろしくお伝えください。 』

北九州の豪雨は、激しく河川の増水で家屋の浸水などがあったようだが、こちらの事務所や教会は高台にあるので被害は全くなかった。

さて、上記の夢の情景は、霊界からの挨拶でお礼にわざわざ降りてきた律義な男性と思われる。同じ夢を見ても、はっきりとした夢は霊界や幽界とのコンタクトに使用されるものである。

こういった話は、霊感のあるものには理解できるが、霊感のないものにとっては夢幻の世界である。こちらでの供養は、申し込んだものだけが浄霊を受けられるが、こちらからの誘導など殆どない。申し込んだものでも、霊感のないものは殆ど1回で終わっている。彼らには確証がないので、再び供養を続けることはない。申し込むものでも、「SUPER浄霊」の本を何度も読ませ、先祖のことをしっかり理解するまでは受付をやってはいない。そこが、他の宗教と違う所で、霊感のあるものだけが、お金があるなし拘らず、このようにこつこつと供養を続けている。続けているからこそ、このような有難い夢を見るのである。

依存症

最近、若い女性や中年過ぎの女性に多くなったこの症状を医者が医学的見地から治そうとしているが、医学的な領域では改善出来ないだろう。大きな理由は、やはり先祖にギャンブル好きなものがいて、それがとりつきやすい女性の弱点に侵入する。そのものが入ると、解放感を味わうようになり、お金がなくなるまで続く。これは、先祖の供養である程度収まるが、脳の中に染み込んだ解放感が、再び燃え始めることが良くある。この解放感は、ストレスから来る反動で、そこにはギャンブル場に存在する悪魔が、そういう女性を取り込もうと待ちかね、女性の頭上から侵入しているのだ。一般にそういう悪魔は、ばい菌族のスタイルで小さく数万単位で、霧状になって竜巻のごとく頭上から入るのである。一旦入ると、神経の快感部に群がり、ストレスの反動で伝わってくる熱伝導体の塊を、悪魔たちが脳の快感部に侵入している姿が見える。これによって、すんなりお金がなくてもギャンブル場へと彼女たちは行くのである。医者や霊能者には、このような映像は見えないし、分からない、そして理解できないだろう。医者は左脳をよく使い、霊能者は右脳しか使わないから、理解できないのである。医学的な見地からと霊的な見地を考慮しなくてはならない。実はこの両脳のバランスが非常に大切で、この種の病は両者から判断しないと理解できない結果になる。

生と死

一般の魂でも、死んですぐに霊界へ行けることはなく、数十年或いは数百年を要する。又は幽界や地上界で過ごし消滅することもある。生きている内に、供養の意識を高め、本当の先祖供養をしてあげると、亡くなって霊になった時、先祖が優しく導いてくれる。今の世のように、先祖に何もしていない種族が、死んだら霊界へ行けると信じているのは、無知もはなはだしい。もっと若い人たちは、自分の星へ帰るなどと平気で言っているが、地球の転生のサイクルに振り回されて、自分の星へは帰ることが出来なくなる。まず、先祖を助けることが、自分の魂を磨き、この地球での修行を成就することになる。お金に目がくらんで、仕事ばかりして死んでゆくものが多いが、彼らは死んでも自分の貯めたお金から離れることはない。まず、先祖を助けて、初めて自分のカルマが見えてくる。

相談窓口

リーディング、ヒーリング、チャネリング、祈祷、護摩供養などと迂闊に、宗教や精神世界など簡単に入り込むと、ここには大きな落とし穴が待っている。これらの主催者に気がつかないのは、自分には偉大な霊感が備わっているという自信だ。霊感は、良い部分だけで反応するのではない。気がつかない内に、その霊感を利用した、魔が体の中に侵入する。それは、100%侵入する。魔とは神が与えるものである。体の中にプラスとマイナスを備えているので、プラスに行ったりマイナスに行ったり大きく振幅させるのである。

現在、宗教ビジネスに走っているものの大半は、このマイナスに溺れている。

アウトドアのスポーツで沢登りで例えてみると、沢登りも最初は楽である。しかし、大きな滝まで来ると、強い流れに打ちのめされて、落下する。死んで魂になった時、誰も助けてはくれない。いわゆる神罰がそこから始まる。

相談窓口を間違うと、とんでもないことにもなり兼ねない。先祖を助けない、と言うことは自分が霊になった時は、誰からも助けてはもらえないのである。

 

先祖の供養

供養を何故しなければならないのかを今の若者は知らないことが多い。それより、もっと深刻なのは、60代70代の戦中派の年代までが、これを否定する傾向にあるようだ。この意味を考えてみれば、戦争の真っ只中に生まれ、敗戦を迎えた年代にとって、先祖のことよりも自分がどうやって生きるのかだけを考え育ってきたことにあるようだ。天皇を神と崇め、それを否定された年代でもある。そんな親から生まれた子孫にとっては、先祖のことより現実的にお金を稼ぐことがいかに大切かを学んで行ったようだ。そして、その子が親になった時、病院に行っても治らない子供を抱えると、誰も頼ることが出来ないため真っ先に霊能者のところへ行く。そんな相談相手である霊能者にとって見えている画像は2割くらいである。2割は良い方で、1割未満が正確な数字かもしれない。実際に見えても、間違いも多いし、それから先の供養は出来ない仕組みになっている。例え形式的な供養をしたところで、先祖は助かることがないし、子供の病気は治せない。霊能者自身は自分の先祖を助けられていないのに、他の先祖は助けられないだろう。この場合、大方の霊能者の家では、息子に問題が生じてくる。他人の先祖を供養したときに、自分の子供が脳をやられる病となる場合がある。それは、相談相手の先祖の中には強烈な霊が多い。だから、彼らは相談に行くわけだが、知らず知らずの内に、霊能者の家に強烈な霊たちは土足で入り込み、集団の先祖霊部屋と化す。霊能者の子には霊感のあるものが多いので、次第にお金を使わせる行為に走ったり、最後は激しく暴れだす。その時は霊能者の手に負えないようになる。まずは、自分の家の供養をきちんとすることを始めなければならない。

 

成仏した時

成仏した時、同じ涙でも爽やかな感じが残り、喜びがこみあげてくるようだ。以前、陽気なおばあちゃんが亡くなった葬儀を見たことがある。それは坊さんがいなくなったとき、飲め歌えのドンちゃん騒ぎになっていた。見ると霊が喜んで成仏する寸前だった。これはめったにない葬儀の例でもあった。そのおばあちゃんは、人に対しての施しを惜しまない人だったので、徳が発生し成仏がすんなり出来た良い例だった。こんな人が大勢いると世の中は安定するだろう。これまでなくても、「死」に対する認識を、少しでも学ぶことが一番大切なことでもあり、一般の勉強よりも、死についての意味をもっと理解すべきであろう。

成仏

一般の寺の坊さんの中には、霊など否定しており、存在すら認めていないのに、お経を読んでいるものもいる。そんな彼らの心は、お金に縛られている。少ないお金を差し出すと、短いお経になってしまうのはそのためである。本来は、霊に対して迷うことのないような訓辞が記されているのに、形骸化した読経は、形骸化した葬儀で終わり、人々は雲散してしまう。

さて、その残った霊は、どこへ行ってよいのか分からず、幽界と仏壇の間をうろうろしたり、仏壇のない家には、天井や暗がり、かつていた自分の部屋に佇んだりする。母親や身内が来ると、すかさず取り付いては泣き叫ぶ。それは、母親や身内が悲しんでいるのではなく、動きのとれない霊がもがき苦しんでいるのである。悲しみがこみあげて止まらない状態では、まず成仏されていないと解釈した方が良いだろう。霊能者が「成仏してますよ」と言っても、悲しみがこみあげてくるのであれば、成仏されてはいないと判断して欲しい。

死とは

葬儀や法事の時の悲しみは、霊が浮かばれないで悲しんでいることを表す。本来、死とは人間界での卒業を意味し、その成績が悪くても良くても、霊界へと向かうことが原則になっている。ところが、この死についての一番大事な教育がなされていないのである。人間界の大切な節目である「死」と言うものが、軽んじられた結果、卒業出来ないものがあまりに多くなり過ぎ、幽界・地獄界・餓鬼界と人間界との間に大きな摩擦が生じている。死んだら天国に行ける、とか霊界に行けるなどと知ったかぶりをする輩が多くなって、簡単に自殺するものまで出てきた。自殺すると、どうなるのかと言えば、コールタールの中に魂がはいるような感触になる。それは、束縛と言うにはあまりにも音もない言葉も出ない恐怖の世界に1000年以上は閉ざされる。人を殺したり、大量殺人を行ったりすると、それだけでも地獄の世界を味わうのだが、自殺はそれ以上に大きな罪になる。

そういった人の葬儀は、沈痛な重い空気で支配される。それは、その霊の気持ちが反映されるからだ。葬儀や法事の時に、皆が流す涙は、亡くなった霊がもがいているからで、ある意味では、弔問者に憑依している状態だ。

沖縄

沖縄の波照間という島に二日間滞在したが、帰りの船が時化でやってこないので、1日延長して次の日の最後の便で帰ってきた。

波照間は、福岡から沖縄の那覇、那覇から石垣島までは飛行機、それから離島の波照間までは高速船となる。この高速船は、1日3便しかない。冬の間は欠航が良くあるが、夏は殆どないらしい。しかし、今回は海が荒れて、何日欠航なるのか分からなかった。

第3便で帰れるというので、午後2時から2時間は待った。波止場で待っていると、ウミガメが近くまでやってきた。頭をもたげて私を見ると、「船が来るよ」と告げ、潜ってそれきり姿を見せなかった。

思えば、自転車で海岸まで行った帰りは、過酷な上り坂が待っており、そのために両足がつってしまった。翌日のダイビング中は、海底に辿り着くと、足の痙攣が始まったが、すぐに治まった。そして、陸に上がり、牛舎のようなダイバーの家で、両足がつってしまい、しばらく寝てしまった。眠っている間に、さまざまな夢を見た。亡くなった兵士たちや先祖たちが私に助けを求めてすがってきたのだ。目が覚めても、このことを告げて分かる人もいないだろうと、普通どおりに振舞うだけだった。帰りの便が1日延びたのは、私を滞在させたかったからだろう。サトウキビ畑と美しい海しかない波照間には、立派な墓が所々で見受けられる。しかし、彼ら先祖の霊たちは、実に寂しそうである。

訪問者

彼岸やお盆に近くなると霊が幽界や霊界から頻繁に尋ねてくる。餓鬼界地獄界からの先祖が尋ねてくると、急激に喉が渇いたり甘いものがやたらと欲しくなったりする。これは、生きた人の肉体を借りて飲んだり食べたりするようだ。このような現象は、彼岸やお盆一ヶ月前くらいから霊感の強い人に襲ってくる。この現象が日常茶飯事であるなら、一刻も早く供養された方が良い。お酒を飲んだ時に、人が変わる現象も先祖や浮遊霊の入れ替わりである。事故が頻繁にあったり、微熱が続いたり、家にいると具合が悪かったり、眠くて仕方がなかったり、お金の出入りがあまりに多かったりするのは、先祖が何とかして、その苦しい思いを伝えたいと必死になっている証拠である。先祖が悪さをしているのではなくて、先祖が必死になって助けを求めている。もし、このようなことを無視すると、現状は悪化し、さらなる不幸が襲って来る。だから、ガンの家系はガンが永久に続くことにもなり兼ねない。特にガンなどで死んだ人にとっては、成仏がかなり難しい。これらのことを踏まえて少しでも早く、浄霊を行った方が良い。

来世

過去世は見えても来世を見る人は少ない。来世を見る基準は、その人の顔に表れてくる。どんなに今が金持ちでも、顔が貧相であったり、狸のような貪欲な顔をしていると、その人の来世は、確実に貧乏になる。死ぬ間際にその正体が暴かれてくる。そして、考え方も重要になる。人に施しをせずに、自分だけが裕福になった場合、来世は人から施しを受けることがなくなる。

今世の業は、思いやりであり、その基礎が母や父、そして先祖を思いやる気持ちということになる。思いやりを忘れたら来世の予兆が顔に表れる。50歳を過ぎたら、来世の顔が記されてくる。どんなに人気があっても、脳の病気や心臓の病気を持つと、その人の来世は現在より確実に落ちるだろう。人は死ぬまで絶えず努力し、「(自分だけが)生きている」というより「(先祖や神によって)生かされている」と考え努力した方が、来世での報われる日々がやってくるのである。

方位除け

『 梅雨にはいり、紫陽花がいきいきと咲いています。先日は、方位除けを送っていただき、ありがとうございました。2階で寝るのが何か嫌な感じがしていました。方位除けをしてからは安心して眠れるようになりました。いろいろな者が入ってきていたのでしょうか?空気が清んだようです。

この度は、ご供養の方もよろしくお願い致します。星推先生、皆さん、季節がら体調に気をつけられてお過し下さい。 』

じめっとした梅雨の時期は、普通の日でも寝苦しいものだ。昔風の家であればなお更、方位除けをしないと、浮遊霊が簡単に侵入する。或いは、遠縁に当たるものが訪問したりする。ただ、神社などでの方位除けでは、非常に弱いものだから、数週間から数カ月で効果を失う。当方の方位除けも1年で交換する方が効果的と言える。

原因

現代医学は患者を薬漬けにすることが多く、牧師や僧侶は、カウンセラーをしても「癒し」までで終わっている。本当の原因の究明までは行かない。本当の原因は、先祖の霊を助けることにある。先祖に武者がいたり、戦没者の影が見え、その先祖がいたずらというより、弱い体にのしかかっているのが本当の答えだろう。だが、一般の人たちは、病院に行っても治らない原因不明の病気に対して「何故」という疑問を持たないし、持とうとしない。本当の原因を知ろうとしない限り、原因不明の病気は永遠に続く。先祖に無知な人たちでも、早く本当の原因を究明する分野があってもよさそうな時代である。

霊の視点2

霊は親族以外に、過去世で縁のあった人にとりつくことが良くある。肉体の記憶は消されているが、霊体が覚えているので、結構接触しやすい。霊体がその人に、とりついても健康であったら、弾かれたり、背後の先祖霊から痛い目にあうことがある。そうして、結構傷ついた霊が無残な幽霊となるのである。

幼くして亡くなった霊の場合、脅威を繰り返さないその無邪気さで霊体そのものは傷つかない場合がある。

例えば、東北の座敷わらしがそうである。彼は、幼い頃に近くの川で溺れ死んだ子である。根っからひょうきんで人からも好かれていた。しかし、成仏せず未だに記憶のある旅館に遊びに来ている。彼に会うと出世するとは噂に過ぎず、彼は霊感の強い人を頼って現れているのだ。早く成仏したいのに出来ない悔しさがあるようだ。出世したのは、その人に力があったのであって、その子がそうしたのではない。(最近、彼を成仏させると、その旅館は火事で燃えてしまった。)

このように、霊界へ向かうことがいかに難しいか、死んで始めて分かるのだ。ところが、生活習慣の違いなどで死期を早めたりするものが多くなったので、幽界は非常に混雑し、人間界にも大きな影響を受けようとしている。せめて親族だけでも、霊の視点に早く気づき、末裔が率先して供養をすることに尽きるだろう。

供養依頼者からのメール

『 こちらは今の時期にしては肌寒い日が続いていて体調管理が大変です。

皆様はお変わりありませんでしょうか。今日はわが社の賞与の日でした。 景気が悪いと言いながら身分不相応な金額をいただいて本当に感謝の気持ちでいっぱいです。これも皆ご先祖様のお陰と毎日手を合わせています。本当に星椎先生の浄霊をお願いしてからというもの、生活が安定し毎日健康で子供達も元気に働いていて病気ひとつしません。本当に素晴らしい先祖供養だと心から確信しております。本当にありがとうございます。今回もボーナスの一部ですが、先生に浄霊をお願いしたいと思いメールしました。名前と命日しか知らないご先祖様ですが、命日からいって原爆で亡くなったのかと思います。きっとつらい亡くなり方をしたのだと思われます。もっと早く浄霊をお願いするべきでした。先生の教えで早く成仏して楽にしてもらえたらと思います。よろしくお願いします。 』

原爆記念日がもうすぐ来ようとしている。原爆で亡くなった人を一人でも多く助ける必要はあるだろう。彼らの霊は、幽界に閉じこもったまま、いつ霊界へ行くのだろうかと心配している。一人でも多く成仏させてあげたいが、末裔からの連絡が非常に少ないのは、何とも残念なことである。

霊の視点

霊感の強い人や霊能者たちは、霊が見えても霊からの視点をあまり気にしないようだ。しかし、霊からは一体どのように見えるのかが分からないと、どのように対処したら良いのか分からないのが真実なのではないだろうか。

霊の意識は、一般的に生前と変わらない考えを持つのが特徴で、人に対して優しかった人は、霊体だけになってもやはり優しいし、霊体そのものも軽く、天からの導きに素直な行動がとれる。ところが、一般的に人は頑固な人が多い。そして、生前に霊について理解していないものだから、死んでからどこへ行ってよいのか分からなくなる。霊体そのものも重いので、そうやすやすとは天からの導きとはならないようだ。

生前に、しっかりとその勉強をしない限り、霊界へ入る前の幽界で佇むことになる。幽界で佇むと、どうなるのかと言えば、人間界に近いために霊は助けを求めて末裔のもとにやってくる。まず、親族がその対象になって、彼らは肩や腰にしがみつく。健康でオーラが強いと、霊も迂闊には近寄れない。比較的オーラの薄い人が直撃されやすい。オーラも多く穴が開いている人がいる。健康な人は、オーラに穴が開いている人は少ない。そのオーラの穴から霊は出入りするようだ。普通の人でも、お酒を飲むと、魂が保てなくなるので、そっと肉体から抜け出てゆく。そのスキを狙って、酒好きな先祖や飲み屋での悪魔が侵入し、たちどころに他の霊の存在になる。だから、彼らは思う存分酒を飲み、人格の逆転現象が生じるのである。酔いがさめたときに、全く記憶のないのは、そのためである。一度、その侵入を許すと、何度もその人に襲いかかり、肉体が滅びるまで、その行為を霊たちは繰り返す。薬物を乱用する人も同じだろう。霊の視点をしっかりと理解した上での行動は、年をとれば取るほど必要になってくる。

血族

親兄弟のつながりが本当の魂のつながりなのかと言うとそうではない。最近は親兄弟同士で殺し合いが頻繁に起きているのを新聞やテレビで報道されている。血が繋がっているから安心だ、とは考えない方が良いだろう。例え親兄弟でも、魂は全く別のものである。親兄弟の殺し合いは過去世においては、仇同士であったことも多い。気がついたら親兄弟を殺していた、というのは魂の意識が強い場合にしばしば起こる。或は、土地神の怒りに触れて起こる場合もあるし、悪霊が相手の肉体に入り込んで殺人を起こすこともある。さらに朝早くからテレビのワイドショー番組に、殺人事件を生々しく報道する常識のない報道関係者によって、さまざまな事件の要因を作っていることもある。やはり魂の記憶は、そうやすやすと消えるものではない。本来は、仲良くすることで合意して生まれてきた計画であったが、相手に傷を癒す感情が成熟しないまま、魂の記憶の仇としての行動を突発的に起こしてしまう。もちろん悪い例だけではない。前世で親子としてつながりが深く、再び親子で有りたかったが叶わなかったので(親子は一代限り)、兄弟として生まれたという、素晴らしい話も多々ある。

ただ、血のつながりが魂のつながりではないことだけは確かであるし、親といえども、子供を束縛してはいけないことも確かである。

家族

最近の少年は、キレる感情が露骨である。特に、自分が出来ないことによる嫉妬心は旺盛であるようだ。そこには家庭環境や学校環境が大いに関係している。

そして、それには深い理由が潜んでいる。それは、先祖に対して無関心なこととカルマが大きな理由となっている。

頭の良い子は、霊感も強く、努力しなくてもひらめきによって答えを導いたり、先祖から教えてもらったりするものだ。少年犯罪の大半が、カルマや先祖の影響を受ける。先祖同士の戦いもあるようだ。コントロールの利かない年代は、魂の強い支持によって動かされる。この深い意味を教える場がないのは、とても不幸せというしかない。ただ、一番の効果は、彼らに対しての深い愛情に尽きるのだが、親御さんが先祖に対しての深い愛情を築いてゆくことも、激しい少年の衝動を抑える十分な対処のひとつと言える。

カルマと供養

人間には3つのことが約束されていて、それを解決する事が生まれる前の計画ということになる。

1つは、体の中でDNAに埋め込まれた先祖からの遺伝子。人間にとって良い遺伝子は、成長させる必要があるが、悪い遺伝子は改善させる必要がある。その一番の効果策は先祖の供養である。だから、供養の大切さがここにあるのだ。

2つ目は、物理的な改善。肉体的な改善や精神的な改善。上の項と少しダブルが、例えば陸上選手でトップに成りたいとかの向上心や誰にも負けたくないとかの良い方の向上心のための改善。

3つ目は、カルマの解消。

カルマの解消は、前世で出来なかったことを違う生命をもらって、それを実行するということだ。この実行が出来ない場合は、何度も何度も生まれ変わって実現しなければならない。何度も何度も生まれ変わることは、決して良いものではなく、早くそのことを悟らなければならない。

カルマは、精緻な計算の下で繰り広げられている。したがって、死んだ時、給料明細のように克明に、その人の一生の業績が、良いことも悪いことも全て示される。そこで、どこへ行くのか審議される。

生まれ変わるのか、よその星に行くのか、生まれた星に戻るのか、地球で動物として生まれるのか、地獄界や魔界に行くのか決定される。

先祖供養について

自分の仕事や人間関係などさまざまな出来事で、先祖たちが大なり小なり関与しているのを知っているのだろうか?

殆どの人は、先祖とどう関係があるのか、と思うだろう。しかし、仕事や人間関係で大いに関係を持っている。霊はいたずらを良くする。体の弱い人には、その弱いところに住みつき、体の丈夫な人には人間関係でトラブルを起こさせたり、将来の自分の仕事に暗雲をもたらせたりするし、将来の道の障害物を作ったりする。

何故そんな邪魔をするのかと言えば、先祖のことを何も考えないからである。現代人は、自分だけが生きていると錯覚しがちで、周囲のことなど何も考えない人種が増えている。自分が生きているのは、先祖のお陰などとは考えもしない。

先日、子供2人がいる女性が尋ねてきた。下の女の子に事故や大病、自殺の映像が浮かび上がった。この場合、先祖を供養すれば大方解決するのだが、その子のカルマが大きすぎて、それを取り除く方法が見つからなかった。しかし、人間関係や将来の仕事に良い兆候が見えていたが、母親は自分のことしか考えなくて、先祖のことなど少しも考えるような人間ではなかった。それで、それ以上助言することはなかった。子供にとっては、母親が先祖になる訳だが、その子が大きくなった時、母親を大切にしないだろうし、その子は、先祖のことを考えることはない。そして、仕事も人間関係も上手く行かず、「何故だろう」と考える結果となるだろう。

果たして、その子がその時、先祖のことを考えれば、将来は安泰になるだろうが、先祖供養の素地のないところには、実行されることはなずないと考えるべきだろう。

事故や病気、人間関係、金銭ごとには先祖が大いに絡んでいることは確かなので、そのことを皆はしっかり頭に入れてもらいたい。

自殺志願者

東京の40歳過ぎる人から電話があった。それは「もう生きてゆけないから、死んだ時は供養の方をお願いします。」というのである。それに対して私は「供養は出来るし浄霊は簡単だけど、転生は非常に難しいし今度は人間に生まれることは不可能だろうね、それでもいいのかね。」と言った。生きてゆく体力も気力もないらしい。自殺するのは簡単だけど、それからが実は大変なのである。一般に自殺は大変な罪になるのだが、殆どが浄霊できないまま幽界で佇んでいる。数百年以上そこにいるか、闇の世界に入る。浄霊しても、次は動物か昆虫になれば良い方である。そして、人間に戻ることはまれにある程度で、殆どない。そんな怖さを知った時、自殺すべきではないことが分かるだろう。自殺するエネルギーがあれば、何でも出来るだろう。そういう自殺者に限って死んだら助けてくれと親戚のものや通りすがりの人に叫び取り付くのである。生きていても、死んでも魂の弱さは変わらない。電話をかけて来た彼もその意思の弱さは同じだった。

霊の知識

大多数の人が、霊は自分のことと無関係と思っているけれども、実際には自分の家の先祖を怖がるのと同じ意味である、と私は思う。現在の若い人は、自分の家の先祖のことを無視し過ぎて、自分のことしか考えない低級な人が多くなっているようだ。

家庭での争いごとや、短命で亡くなった者の多い家庭は、先祖がそのように導いているのだし、ガンで亡くなったり、事故で亡くなったりした者がいる家庭は、引き続きその病気や事故が連続する。そこで、家庭の誰かが気がつくことが大切だが、低級な者はそのようなことすら気が付かない。霊が見える人は、オーラが薄いか、オーラのいたるところに穴が開いている場合が殆ど。しかし、そういう人は悪霊にやられ、病気や事故を必ず引き起こす。決して良いことではない。健康な人ほどオーラは厚く低級な霊を見ることがない。一刻も早く霊についての正しい知識を誰もが気づくと良いのだが・・・。

 

今後のコラム

今後のコラムに関しては、アニメや映画の製作関連などで多忙となり兼ねないので、従来の先祖供養のコラムを採用し、先祖供養の本質を確認して、初歩的な内容を述べたいと思う。体験談は、新しいものを採用する予定である。

「地球からのメッセージ」は、危機的な地球の状況を把握する意味で、時々記載しなければならないし、最終的には書物になるだろう。書物もiPadの出現で、大手の出版社も大きな変化を見せているので、これに習った方向へと変化するだろう。

沖縄

基地問題で沖縄は、非常に揺れている。実は、太平洋戦争での沖縄決戦は、非常に大きな日本人の魂の痛手を負っている場所である。半世紀以上にもなるのに、戦後の痛手は、未だに沖縄には存在する。戦没者は、殆ど成仏されてはいない。

沖縄を案内してくれたタクシーの運転手は、霊感があり、戦没者祈念公園近くでは火柱が上がっているのが、時々見えると言っていた。

そもそも彼らの怒りが、基地問題に触れ、鳩山内閣を襲ってしまった。戦没者は、成仏することを願っている。しかし、遠い沖縄は、日本の外であるように、一般の日本人は戦争から遠ざかり、戦没者を忘れかけている。戦争体験者は、老いて自分のことしか出来ない体になっている。見捨てられた沖縄の戦没者が、沖縄の末裔を介して怒っているのであって、単に鳩山内閣を責めていたのではない。

大相撲の木瀬親方の部屋が閉鎖となった。木瀬親方の顔を見ると、もはや暴力団の顔になっている。いくら、本人が否定しても、周囲が確認しての証拠は、ある程度掴んでいたようだ。協会は、その時期を待っていたようすで、今回の処分は大分前から検討されつつあった。暴力団は、その独特の強い波動から、すぐに伝播しやすく、少しでも可能性のあるものたちに影響を与える。特に、悪魔性は強いので、彼らの目の奥を見ると、ジャッカルのような鋭い動物的な闘争や抗争に明け暮れる団員達の先祖が暴れているのが理解できる。

一旦彼らに触れると、牛の病気である口蹄疫のように浸透してしまうようだ。これらと縁を切ろうとしている大相撲協会の今度の対応は、勇気ある決断だった。

花の写真

『 花の写真、エステルームに飾っています。「わーすごい、綺麗!」と言って貰えるのですが、なかなか花の写真の中心からさーっと広がって出てくる波動を感じる方はいないようです。私は、何か疲れたなと思うと写真の前に行って波動を頂いて綺麗にして貰っています。(これはとてもありがたいです)

写真を飾ってからは、本当に倒れて救急車で運ばれる方はいなくなりました。

以前は、倒れて意識が無い方も居て、緊張する場面もありましたが、今はおかげ様で、そのような方も減り、気分が悪くても軽い状態で、意識がしっかりしている方が殆どです。

浮遊霊が近づけなくなると先生がおっしゃっていましたが、まさにそうですね。しっかり守って頂いています。ありがとうございます。 』

「写真を飾ってからは、本当に倒れて救急車で運ばれる方はいなくなりました。」とあるように、そこは製鉄所の跡地で、地場が本当に悪い。本来からすれば、土地の浄化を行わなければならず、不浄の土地に出店すること自体無謀であろう。この人も、霊感があるために苦しみ、そしてやむを得ず働いている。

その土地には、当時、製鉄所の溶鉱炉で亡くなった人、殺害された人などが大勢いる。そのために、霊感のある人や病弱な人は被害に遭いやすいようだ。霊感のある経営者であれば、そのことにすぐ気付くだろうが、そこの経営者は残念ながら霊感がない。従って、そこで働く従業員も被害者と言うことになる。花の写真が心の救いになっているのが、何とも痛々しい限りである。

昨夜の夢

昨夜、再び芸能人の夢を見た。今度は数名の俳優だった。山陰ののどかな風景の中で、森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺などが話をしていた。若き日の顔ぶれだった。しかし、顔に赤味がなく沈痛な感じではあった。彼らが成仏していないとすぐに分かった。彼らは私に浄霊依頼を願っていたのだろうが、生前に全く面識がなかったので、正面切って話しかけては来なかった。常識を備えた魂である。

このように有名人が、次々と私の前に現れるのは、幽界閉鎖がさまざまな所で起こり地球の危機が迫りつつあるのかも知れない。

朝鮮半島

韓国大統領・李明博(イ・ミョンバク)は、日本の大阪出身なので、日本との関係は良好である。それに伴って、北朝鮮との関係は悪化し、いつ戦争が起きてもおかしくはない状態となった。

境界線での軍事的な小競り合いは、どの国でも絶えず起こっている。独裁政権下の北朝鮮は、金正日の病気の悪化に伴って、指導力の低下とクーデターが密かに進んでいる。指導力の低下を逆手にとって、金正日が戦争の引き金を引くことも視野に入れる必要がある。

文明の廊下とまで言われた朝鮮半島の火種は、絶えず燻り日本にまで及んでくる。この廊下は、浄化されておらず、過去の戦争で亡くなった霊たちが、周期的に暴れている。今回の騒動も、彼らの意識が強く、北朝鮮の高揚した軍のものたちに亡霊が憑依して戦争を仕掛けようと企んでいる。

事件

最近は、多くの残酷な事件が報道されている。テレビ報道は、その残虐性を述べている。しかし、その原因は、それぞれの悪い環境下での家庭が発端ではあるが、殺人事件を扱ったテレビドラマや報道番組にも問題はある。にもかかわらず全く違う観点のようにニュース番組は行われている。視聴率ばかりを考えているテレビ局は、自分たちが殺人事件を増長させる動機を作っているとは考えてはいないだろう。

茶髪や金髪の若者や汚い口調のお笑い芸人の真似をどれほど視聴者がしているのかも知らないで報道している低俗なテレビ局は、同じ事件をニュース番組で数十回繰り返し見る視聴者が、どれほど怖い発想に展開しているかを知る必要はあるだろう。無責任極まりないテレビ局のディレクターは、ただ、面白ければ良いという番組が、どれほど家庭の中で悪い影響を与えているのかを考えなければ、大変なことになる。テレビを見ているのは、生きている家族ばかりではなく、亡くなった戦国の武将も同調している。このものたちは、お人好しの末裔にのしかかって悪さをし始める。それが、残酷な事件の始まりでもある。

 

不況の夜

一部の経営者が人員カットを行った挙句、スリム化した会社が黒字となる。その一方では、人員カットによって職を失った人が町に溢れている。今まで働いていた職業から違う職業を選ぶには、あまりに適職ではないと考えるものが多く、ハローワークには連日、適職を求める人が集まっている。時間だけが過ぎ、蓄えていたお金も底を着き始めている。街中では、若者や中年のホームレスが、銀天街のアーケードを夜の寝床にしている。

そんな不況のさ中、私が町で食事をするため食堂に入ろうと駐車場を出た時、しわがれた声で汚い風采の初老の男性が声をかけてきた。

「私は怪しいものでは決してありません。こういうものです。」と言いながら障害者の手帳を見せた。回りくどい物言いだったので、「何か」と私は答えた。「200円」と言った時、私は「もういいから」と言って、相手を退けて食堂に入って行った。

こういう類のお金の無心は、詐欺に近く、北九州では良くある話である。特に北九州は、競輪競馬競艇とギャンブルするには最高の場所でもある。彼らは、それらにお金を全て費やし、帰りの交通費まで使ってしまう。自宅までどうやって帰るのかと言えば、自転車やバイクを盗んだり、善良な人のように見せかけ、「200円」と乞うのである。

今回の男は、この手口を知った常連のようなので、私はすばやく断った。同時に、背後の先祖霊の手がたくさん見え、彼らは同じような乞食の手をしていた。浮かばれていない先祖霊までが、同じ意識で背後にいるとは、本当に情けないものたちである。

昨晩、夢を見た。非常にリアルな夢だった。それは、幽界に佇む石原裕次郎が歌を歌っているシーンである。荘厳な葬儀を行ったにも拘らず、未だに霊界に入ってはいない。彼らの元に連絡はとったが相手にはしてくれなかったことを思い出す。

幽界は、茶色と白い雲に囲まれ、簡素な木の椅子に腰かけて歌を歌っている裕次郎だった。そして、いつの間にか私自身がその歌を歌い始めて、目を覚ましたのである。目を覚ましても、歌はしばらく続いていた。私は、その歌の歌詞を知らないのに歌い続けていたのは、私の体に彼が憑依していたのだろう。彼は、重い病気で亡くなっていたので、私自身の体が重くなるだろうと感じていたが、そんなに重くはなかった。それは、彼自身の考えが魂に反映していたのかも知れない。本当は、成仏したいと彼自身が思っているのだろうが、彼の周囲で私を理解するものがいないのは本当に残念なことである。

お礼のメール

『 ご浄霊していただき、誠にありがとうございました。

今回も、体がぐるぐるとまわるだけで、浄霊のシーンは見れませんでしたが、前日に、夢で老婆が赤飯のおにぎりを たくさんの人にふるまっており、私もいただきました。

はっきりとした夢でしたので、赤飯の色ツヤも覚えてました。

ご先祖様の誰かが、今回の浄霊のお祝い事をしておられたのかなぁと、自分なりに思っています。

あと、昨日の夜、アトランティス神様の御守りを両手に挟んで、心の中で、ありがとうございます、ありがとうございますと唱えておりましたら、いつものように温かく、脈うつ感じがしたかと思うと、挟んだ手がすごく揺れ動きました!

アトランティス神様の、パワーを素手で感じることができ、またまた嬉しくて感動していました!そして安心感が込み上げてきて、これも、ご先祖様の気持ちなのでしょうか。

本当に毎回引き受けてくださってありがとうございます!

そして、来月もまたよろしくお願いいたします。  』

普通、夢と言うのはシャボン玉のように寝起きの直後消えてしまうものである。殆ど覚えていない。しかし、《赤飯の色ツヤも覚えてました。》とあるように、鮮やかに本人が覚えているのは、先祖との確実な接点であることに間違いはない。霊能者くらいの霊感があれば、夢でお知らせすることもないが、一般的な人の場合は、夢での交流が一番無難だと先祖霊たちは考え実行する。これはまさに先祖たちからのお祝いをしてもらった光景である。スタッフの緒方も、大勢の先祖霊が法事に集い、賑やかにしてもらっている夢を良く見るそうである。

感謝の手紙

『 星椎先生、宇宙クラブの皆様

いつもお世話になっております。先日ガンで亡くなった親友のご供養をしていただきました。その次の日、亡き友の夢を見ました。順番はご先祖様からと思っていましたが、アドバイスいただきご供養をさせていただきました。お葉書もありがとうございました。ご供養の様子を教えていただき、友人からの言葉も書いてくださいましてもったいないくらいの言葉、友人らしさが伝わってきて号泣しました。ご供養の価値の大きさに感激しております。

数年前彼女が亡くなった深夜、閉めてあった窓のカーテンが揺れて・・・私に別れを告げに来てくれていたことが分かりました。私は生前病気と闘う彼女に病気のこともよく知らずに「大丈夫よ。」と言っていました。精一杯のことをしてあげたと言えるのだろうか・・・彼女を救うどころか傷つけたのではないかと・・・ずっと自分の心に蓋をしていました。

彼女は、「雨の日には車には気をつけて」「私には悩みを打ち明けて」と病身でありながら私の事をいつも思いやってくれました。彼女が書き残したノートには「私のことだからあの世に行っても皆と仲良くやっているから大丈夫・・」とつづられていました。

皆で過ごした花火の思い出、線香花火の小さくても可憐な美しさは、まるで彼女の生涯を物語るかのようでした。彼女に「ありがとう」と心からの感謝と、私の至らなさのお詫びと、「ご供養遅くなってごめんなさい」の気持ちです。

宇宙クラブ様とご縁いただける以前に携帯の霊感占いサイトを見ていた事がありまして、4月に入ってから、何人かの霊感師から無料メールが入ってきました。「最近、何か変化はございませんでしたか?霊的な守護といいますか、あなたは護られているような感じがします」とか、「あなたには沢山の守護が視えますから・・・」という内容でした。こちらでご供養していただいたご先祖様からだと、間違いないと思いました。そして、先日の親友のご供養日後に「キーパーソンとなる人物はどなたでしょうか?・・・守護されている力が複数であるのが、不思議です」「護られている事、今後その力が必要となることを忘れないで下さいね」とメールが来ました。

星椎先生のお力の偉大さ・・・私には霊感は無いようですが毎回必ず見えない力を確信させていただいて救って頂いております。

(主人の兄弟に当たる義母の)水子供養をしていただいて後、主人の腰痛も治りました。息子も元気で過ごしています。本当にありがとうございました。 』

霊感があるなしよりもっと大切なものがある。それは、人と人とにつながる心である。そして、人と霊につながる心でもある。末裔と先祖には強い絆で結ばれた心が存在し、友人同士も強い絆で結ばれた心が存在する。現代では友人であっても、過去世では兄弟であったり、親子であったり愛人であったりするものだ。ここでの強い絆は、過去世での親子関係にあったようだ。

夢でお知らせ

『 こんにちは。ご連絡が遅くなってしまい、申し訳ありません。悪夢のようなGWがようやく終わりました。ご供養のお手紙が届きました。ありがとうございました。星椎先生、本当にありがとうございました。先日お話した、従兄弟のSのことです。去年の5月8日に亡くなり、5月20日に浄霊していただいたSですが、18歳から名古屋に行き、そこでずっとお世話になっていたKさんと言う方の夢に、しょっちゅう出てくるみたいです。決まって夜中の2~3時の間らしいですが・・。

最初にそれを聞いたのが、今年の1月でした。実はその1ヶ月ぐらい前にSの妹から連絡があり、「Sの映っているDVDを持っていないか?嫁が全部持ってしまい、家に何もない。お母さんが可哀想すぎるから、何とかならないかな?」と言うものでした。聞けば、その嫁一家とは葬儀のときから喪主を誰にするかや、従兄弟が実家のために借りた借金のことで揉めていたようです。今では絶縁状態のようですが、葬儀が終わってから、嫁が全てのDVDやCDを持っていってしまったようです。

そこで、DVDを持っていそうなKさんに連絡を取り、送ってもらえるようお願いしていたのですが、なかなか届きませんでした。そうして1ヶ月ほど経った1月にSがKさんの夢に出てきて「実家に送ってくれ」と言ったらしいです。それが私がお願いしたDVDのことだと思ったらしく、翌日に送ってくれました。母親を不憫に思ったのか、夢で懇願したようです。

4月27日にKさんから来たメールに、「もうすぐS、1年だね。一周忌には行けないけど、墓参りに行くよ。この間夢で、Sが最新鋭の携帯カメラを自慢しに来たよ。それと、きーちゃん(私です)に会いづらいと言っていたよ・・。夢に出てくるSは元気だった」とありました。会いづらいというのは、借金で迷惑かけて、そのことで先に成仏したご先祖様にこっぴどく怒られたのかな~?とも思いました。もう気にしなくていいのになー、と思っているので、そのうち私の夢にも出てきて欲しいものです。 』

親族などに迷惑をかけて亡くなった霊は、こちらでの浄霊後には必ずお礼を言いにやって来る。霊感のある人は、浄霊中に霊の言葉を聞くことが出来るが、一般の人の多くは、夢で話したり会ったりするようだ。感謝の気持ちが充分伝わる内容である。

 

霊感

『 先日は、星椎先生、スタッフの方々のお力にて、妻の母方(曾父母)様の浄霊をして頂きまして有難うございました。

浄霊後のお言葉などのお手紙をいただき私の胸のつかえが取れました。今回の浄霊、瞑想時を思い浮かべながらお礼のご返事をしているところでございます。

今回浄霊(曾父母)をして頂きましたのは、半年前に妻の実家に行ったのがきっかけです。

前回、義母の親を浄霊して頂いた後、古い写真が飾ってありましたので私は義母の親と思っており写真を見るつど手を合わせ、成仏されて良かったですねと念じておりましたけれど、今年に入って義母の「祖父母」と聞かされ気にはなっていましたたが、次の浄霊していただくのは、

「私の家のご先祖」からと思いつつ時間だけが過ぎてしまいました。

今年四月半ば、義母が倒れ入院したと聞かされた時、私の脳裏に写真が(曾父母)思い浮かびましたので、早速妻に相談をし、「私の欲もございました」義母を助けてくださいと願いつつお願いをし、星椎先生、姫路様に浄霊して頂きましたところ、おかげさまで今では元気になってきております。

前回、前々回の浄霊をしていただいたときは何も感じられないと云っていました義母が、今回の浄霊では、瞑想をしていたら「足がだるくなったり、モゾモゾ、スッキリ」したりして不思議がっていました。私は妻と見舞いに行った折に義母から、体験談を聞き嬉しくなり、心の中で

「有難うございました」と言っていました。

私が浄霊前に仏壇にて、アトランティス協会のペンダントを首に付けようとしましたが旨く付ける事が出来ないので、合わせた手のひらの中に入れて瞑想に入り成仏してくださいと願いつつ私はよいので、どうぞ妻と義母によろしくお伝えくださいと願っていますと、頭のこめかみ辺りから血液が脈打つように上に昇って行くのを何度か感じ目を明けようと思ったとき、合わせていた手の上に「丸い白い球」が白く輝き、周りが霧に包まれている光景をハッキリと見させて頂き、浄霊後、ほのぼのとしてなんだか嬉しくなってきました。今回浄霊をして頂き本当に有難うございました。

私は霊感は有りませんがご先祖様からの信号を受け止め理解できるよう努力してゆきたく願っておりますので、また浄霊願い時にはよろしくお願い致します。「有難うございました」長々と纏まりがないことを書きまして申し訳ございませんでした。 』

霊感のあるなしよりももっと大切なものは、先祖への感謝である。先祖への感謝の気持ちは、こちらでの供養という形で表れる。先祖に対して敬意を払うのは、地球の神への感謝でもある。そこに全ての感謝がつながってくる。そのつながりが、先祖の様子をお知らせする映像となって伝わる。そこに本当の意味での霊感が備わって来る。

こちらで供養をする殆どの人は、常に見返りだけを期待する。そういう人は、先祖に対して敬意を払うこともなく、供養を申し込む場所が、どこにでもあるのだと錯覚するようだ。金額の安い所を探し、選んだ揚句失望する。本人が失望するというよりも先祖が失望している。

供養しても映像が見えないで止めたりする人は、常に打算的であるが、将来、自分の肉体に振り回され供養も出来なくなって人生を終える人も多いだろう。

焦らず本腰で供養する人は、必ずこのような映像を垣間見るチャンスがやってくる。その時が、初めて先祖とつながった時である。

嬉しいお知らせ

『 ご先祖様のご供養を決めてから嬉しいお知らせが舞い込んできました。ゴールデンウィークは帰ると決めており、計画通り帰れます。ゴールデンウィーク後は7月の連休まで帰れないなと思っておりました。ところが、思いがけない依頼があり上司からも許可が下りて1週間帰郷出来る事となりました。自分は、先生、アトランティス神様へ感謝すると共にご先祖様への感謝の気持ちと嬉しい気持ちでいっぱいになりました。ご先祖様の喜びは、私達の喜びであります。

ご先祖様は様々な方法で感謝、喜び、苦しみを私に伝えて下さるなと思いました。

ご供養を1回で終わらす人達は、ご先祖様の喜びではなく、何か違う事、例えば、自分の身の回りに大きな変化が起きる事等を過剰に意識しているから本当の喜びが分からないのだと思います。

苦しんでいるご先祖様の苦しい気持ちを意識する事で、本当の喜びが分かると思います。ご供養を依頼し、ご供養をしていただける事が決定される事でご先祖様と喜びが共有できるのだと思います。

喜び、感謝、苦しみに大小はなく、全てが同等であります。ご供養を決めた事で普段は咲いていない、駐車場の花が咲いたりします。きれいな花を見せていただき、すごく、自分はうれしいです。

この瞬間、ご先祖様と喜びを共有できたと思い、嬉しい気持ちが倍になります。

先生、アトランティス神様、ご先祖様、今回の帰郷のお知らせありがとうございます。

この喜びを大切にします。  』

先祖との一体感は、こちらでの先祖供養を行って初めて理解できるものである。ここにあるように、本当の先祖供養とは、喜びを共有出来るか否かで、先祖供養を行ったという自己満足ではない。大半の人は、自己満足で終わり、先祖からの溢れ出る喜びが伝わってはこないようである。同じ喜びでも家族で喜ぶと喜びが倍になったりするが、先祖が喜ぶと魂に響く喜びを感じるものだ。それが、このメールに表れている。

車の御守

『 車内にお飾りしたアトランティス神様のお守り、すごい光で明るいです。お守りを車内でお飾りしてから不思議な事が起ってます。オイル漏れをおこしていたのですがピタッと止まりました。

車全体がお力に包まれている感じでありまして運転していても、虫や鳥が多い島で危ないのですが全て避けてくれます。

先生のパワーとアトランティス神様のお力を毎日感じる事ができ1人で島にいるけど、皆様が自分を見ていて下さっているなと感じております。これからもご先祖様のご供養頑張ります。努力します。ご供養をお受けしていただきましてありがとうございます。 』

車のお守りをこれほど感じる人は少ない。これは、過去世がアトランティス人であったことを物語っている。そこでの信心深さは、通常の人より遥かに依存度が高かったようだ。今後は、彼自身、更にアトランティスの時代を思い起こすことになるだろう。

 

見えない糸

『 星椎先生、協会の皆様

先日は主人の母の水子のご供養お受けいただきましてありがとうございました。義母に水子がいる事を聞きました。主人は前々から腰を痛めておりまして、これも主人の弟か妹に当たる水子さん(主人が生まれてすぐに出来た子)からのお知らせかなと。ふと思いついてめったに掃除をしない部屋を掃除していると、1万円札が落ちていました。こんなところに落とした覚えはないのに・・・これはきっと「ご供養を申し込んで」と水子さんからの・・・催促だと確信しました。また他にも思い出したのは、以前封筒にお金と、欲しいものを紙にたくさん書いて入れていた事を思い出しました。それを手に取り・・私には欲しいものなどありませんと思いました。

今まで何年もかけて何冊も読んできた本の中で、私が求めていた答えは見つからなかったのですが、先生のコラムと本には全てが詰まっていて超越した愛があります。私が一番辿りつきたかった、魂がきれいな涙を流せる場所です。

(息子は昨年交通事故を起こし、相手の青年の命を奪ってしまいました。今までにも私自身事故を起こしたり、主人も事故にあったり、息子は何度も意識不明の怪我やひきつけを起こし、九死に一生を得る事がたびたびあり、そのたびにご先祖様のお陰、感謝して生きようと誓ったはずが、月日とともに薄れ、愚かでした。昨年先生の本を読んで、ご供養に気づいてからも申し込みを躊躇していたために、犠牲者を出してしまいました。ご先祖様と一体なのだと目が覚めました。そうなってやっと先生にその方の浄霊をお願いした経緯があります。)

その後、初めは「顔も見たくない」と言っておられた相手様(青年のご家族)が息子に「10年後にゴールドカードを持って来てください」と言って下さいました。

私達のために涙を流してくれた友人、温かい言葉をかけて励ましに来てくれる息子の友達、息子の上司の方は息子をクビにするのなら、労働組合を辞めるとまで言って下さいました。事故現場で警察官が「若いんやでやり直せる。受け入れて、逃げずに頑張りなさい」と言って下さったこと、大事故なのに生かせていただけただけで十分なのに、・・・・相手を亡くしてしまう大きな罪も息子の処分は、未成年の保護観察という、奇跡的な判決を頂きました。

先生の本を読み返し、さまざまな中傷もありました、堪えていたものが、一気に出て号泣しました。

これまでは1日中家の中にいると苦しかったのですが、幸せ・・と思える私がいるのです。私の人生の中で何もない1日をこんなにも幸せだと感じた事があっただろうかと思いました。長年の実母との確執や、私は身体も弱く、自分の我の強さに苦しんで来ましたが、心の充実に勝る幸せはない、と感じます。本当の意味を先生が教えて下さり、それは体験談の方々と同じように人生最大の徳だと思います。今まで当たり前のようにしてもらっていたことが尊い事だったと気づかせてくれました。これを幸せでないと言うなら、なんて傲慢なことかと思いました。

見えない糸で全てをつなげてくれたご先祖様のお力添え無くては歩けなかった道です。

私が人生でもがいて探していた答えは、ご先祖様をお救いする事、お救いしたい、これは真実の思いです。私によりどころを与えて下さった先生のおかげです。皆様のおかげです。誠にありがとうございました 』

 

全ての結果の前には、原因がある。無神論者は、目に見えないことには関心を示さず、目に見えることだけの中で結果を出そうとする。宇宙の99%は、人間の目に見えないことで起こっている。「人間は愚かである」という事実を認識しない限り、目に見えないことに理解を示すことは不可能である。霊のことについては、目をそらさずにしっかりと理解を示さなければ、次の段階には進めないことを早く気付いて欲しいものである。家族での犠牲者が、多く出ないように、そして一刻も早くこちらでの供養を望んでいる。この家族のように、気がつくのが少し遅くなった、という例もあるように、どの家族も同じような問題を抱えている。「見えない糸」は、複雑に絡みながら、絶えず自分の身辺の周囲を、良くも悪くも取り巻き、影響を与え続けている。

温かい人からのメール

『 ご供養、お葉書ありがとうございました。感謝しております。 

わたくしごとですが気になったことをひとつ書かせて頂きます。

昨年は会社の仲間が大きな怪我に見舞われて大変でした。一人は指の大怪我で、爪の先を重量物に挟んでしまいつぶしてしまいました。もう一人は大腿骨の骨折です。二人とも左半身の怪我をしております。これもご先祖様からの大きなサインかなと思います。

いずれの人もベテランで仕事の出来る人です、そう簡単に大怪我をするような人では無いのですが。振り返って私は随分と助けられているんだなと感じています。私は大きな怪我や病気はありません。ありがたいことです。普段から御先祖様に感謝し供養する気持ちになってほしいものです。それでは皆様お体に気をつけてお過ごし下さい。 』

こちらで得た知識を元に、このメールの送り主は、冷静な目で人の怪我を見ている。原因があって結果が生じる、という宇宙の論理は、いかなる場合も同じことである。熟練者が大けがをするのは、疲れているかお酒を飲んで仕事をした時以外は考えにくい。いずれも集中力を欠いた結果に起こる事故である。彼は、ベテランが大けがをするとは考えにくい、とあるように、当時のベテランは冷静であったとも考えられる。にもかかわらず、大けがをしたのは、何かの原因がある、と考え、目に見えないものと判断したようだ。

以前から私の本にもコラムにも書いているように、人の左半身が病気になったり怪我をしたりするのは、一般的に先祖からの警告と認識すべきである。反対の右半身は、生霊が襲ってくる場合が多い。どちらも多く病気になりやすいのは、ほぼ先祖からの警告と考えれば、納得ゆくのではないだろうか。いずれにしても、先祖のことをしっかり考えていれば、大きな事故に遭遇することは、少なくなるし、先祖を助けていれば、先祖から助けられることも多いだろう。

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