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先祖供養 Super浄霊 星椎水精先生のコラム NEW ヨーロッパアルプス(撮影:星椎水精) 

コラムを無断で使用または転載した場合は、1件につき10万円以上の罰金を科します。
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Nodding

発病する前にノッディング(うなずく行為)するという奇妙な行動が、南アフリカで独立したばかりの南スーダンに蔓延している。テレビで取材している村には、一見荒れた風景は見えない。小屋の前に痩せた子供たちが食事をしている。食事中にその中の一人、ノッディングが始まる。その後、すぐに強い発作に見舞われる。10分ほどで治まるが、その怖さに食事をとらずに死ぬ子も多くいるという。医学では、解明できないこの病気に打つ術もない原住民は、祈祷しか残された道はないと言っている。

このスーダンは、戦いの歴史が非常に長く、その間に飢えで亡くなった人が膨大な数となっている。飢えで亡くなった霊は一般的に餓鬼に属するが、この霊が憑依すると、肉体は餓鬼族で混乱し、平静が保てなくなり、このような現象が起こるのだと思われる。これは、医学の範疇ではない。

霊障

『 本日のご浄霊ありがとうございました。感想を言う前に、報告しておきたい事があります。十年間、年中アカギレで病院に月一度塗り薬をもらって来ていました。仕事柄「しょうがない」と思っていました。ところが昨年の6月から現在まで約7ヶ月、薬を一度も塗っていません。アカギレにはなるのですが、自然に治るようになりました。しかも今までは十本の指すべてに出ていたのに、今では左手は中指と人差し指に、右手は中指と薬指にできるだけです。もちろん痛いし痒いですが、夜痛みや痒みで起こされる事も無くなりました。「霊障」が取れてきていると言う事ですね。ありがとうございました。

 そして今回のご浄霊の感想なのですが、ご浄霊の約九時間前、夜中二時にアカギレの痛みと痒みで起こされてしまい眠れなくなりました。しだいにイライラしてきて「なぜこんな目に合わなければならないのか」とますます眠れなくなってしまいました。一時間位は続いたと思います。ですが「これがご先祖様の苦しみなのか」と思えた時、眠気が来て気が付いたら朝になっていました。そして痛みと痒みも無くなっていました。

 今回のご先祖様はカルマが大きかった様に思います。ご浄霊を申込んだ後に、カッターナイフで左手の人差し指を切りました。送金した時には左足の親指の爪が少しですが剥がれました(子供のころからやっているサッカーで、ボールを蹴り損ね地面を蹴ってしまいました)。そしてご浄霊当日は1日中慌ただしく、まともに瞑想も出来ない状態でした。「武将」様をして頂いた時の様です。

 今回は今年初めてのご浄霊でしたが、カルマの解消ばかりでした。唯一、一粒の舞い降りた「雪」と短い瞑想中に見れた赤、緑、オレンジの「色」逹が心に響いています。  』

 

一般的に、人は寒いからアカギレが出来るものと思いがちだが、実際には 霊障が多い。さらに見ると細々としたことが判明する。例えば、「祖父にひどい癖があった」という、そして自分はよく似ている、という。そこまで分かっていながら、それを霊障と気づかない人ばかりなのは、おかしな話ではないか。皆が早く、このことを気づいて欲しいものである。

水晶

『 水晶、毎日身につけさせて頂いてます!

実は水晶が届いた頃は、実感がなかったのです…(鈍くてごめんなさい。)

でも、毎日身につけていると、体を、じんわりと包んでくれている感じがある事に気付いたのです。

(たまに熱すぎて、痒くなるくらいです。笑。)試しに外して勉強をしてみたのですが、全然頭に入りませんでした。(笑)

ちゃんと清められる時に清めて、大切にさせていただきます!

それと、エネルギーの波動が高すぎてたまに理解できないです。(涙)

自分のレベルの低さを、日々、水晶さんに教えてもらっている次第です…。

来月は、またご供養を考えていますので、よろしくお願いします 』

 

元々、水晶を感じる人は、アトランティスかムーの過去世を持った人が多い。この人はアトランティス人だったが、多くの輪廻を繰り返す内に、魂に傷が入り、今世でブレを生じさせたようだ。その回復に水晶のパワーが癒しを与えている。

知人の訃報

『 父親から知人の訃報を伝えられました。地元の同級生が急逝していたのです。まだ40代半ばなので、正直いってショックでした。

父親が近所の方から聞いた話では、同級生は昨年末押し迫ったころに突然急逝してしまったそうです。前日まで忙しく働いていたそうなのですが。

正月に葬式というわけにもいかず、急きょ密葬をして、小正月を過ぎてから本葬を行ったそうです。父親からの話を聞いていると、その同級生のお父さんも体を壊して早くに亡くなっていたとのこと。私は父親にはご供養のことは内緒にしているため、うなづきながら話を聞いている中で、ご先祖様によって自分が生かされていることのありがたみを噛み締めました。

今回も星椎先生から大切なアドバイスを頂けまして、本当にありがとうございました。先祖の霊と自分の魂が一対になっているので、カルマだけを解消しようとすると重しをつけられてしまうというのは、自分の人生体験と重ね合わせると、まさにその通りだと思いました。

ご先祖様をご供養してあげる中で自然体でカルマが解消できていく。何というありがたいことでしょうか。私はご先祖様によって生かされている中で、日々の苦労を乗り越えて、父方母方双方のご先祖様を諦めることなく助けていこうと改めて決意しました。   』

 

カルマというのは、生前に誓った霊界での計画書で、その付加分として前世の行いによる善悪の科料が記される。良い場合は栄光であり、悪い場合は犯罪となる。良い場合、悪い場合を含めて、先祖の供養は必須になっている。仮に、これらが目に見えた場合、行うのは当然となって、何とか乗り越えられるが、目に見えないために、行うことが困難である。現世では、気づくことが最大の利点で近道になる。この近道に気づくこと自体が困難で、そのために事故や病気で気づかせているが、無神論者は、永久に気づくことがない。この人は、気づいている数少ない例である。

 

花粉

『 実は今日ネットを見ていましたら「花粉に放射能が付着して体内に入ってしまう」、と出ていました。「チェルノブイリの事故でも花粉の被害があからさまにひどくなった、被爆で免疫の異常が起きた」、と出ていまして、日本でも同じと思います。日本各地にいらっしゃるご供養されています方々に是非お伝えしていただけますようにと思っています。花粉の時期には、マスクだけはしてください。と伝えてくださいますようお願いします。

このようなお願いをしまして申し訳ございません、よろしくお願いします。  』

 

花粉は、関東の殆どに放射能を運ぶ要素になっており、政府は不都合な真実として発表しない。民主党は、東京電力を支援して、民衆を支援することのない最低の党であることは間違いない。仮に自民党であるなら、ということも考えるが、やはり同じ手段をとったであろう。その背景には、官僚の主導が原因であろう。

かつてベトナム戦争で枯葉剤を用いたことで、奇形児が生まれた。これは現在もなお、その影響がある。枯葉剤など比較にならない日本の放射能汚染は、現在もなおばら撒かれている。にもかかわらず、「原発事故終息宣言」なるものを発表した野田政権は、最悪の政権であろう。

さらに怖いのは、メルトダウンによって海に流れ続けている放射能をどのように食い止めるかであろう。海洋魚を食べている日本人は、かなりの影響が今後出るだろう。がん患者の増加は避けられそうもない。特に関東に住んでいる人たちは、花粉と海水汚染によって数十年間悩まされ続けることになる。

LSD

LSDは、麻薬と同じ程度の幻覚剤であるが、アメリカでは、その幻覚剤を使ってのセラピーを実施している。もちろん、一般的にはその使用を禁止され、罰金と禁固刑が課せられる。しかし、精神的物理的な重症患者には、そのLSDが許可されている。科学者が、LSDの純度を高める実験も行われるなどは、アメリカらしい功罪の先の未知の開拓に力を注いでいる。そういう発想に関して日本の科学者は、足元にも及ばない。

ただ、こういう幻覚剤には大きな落とし穴があって、一旦、幻覚の世界に足を入れると、そこに大きなオーラの穴が生ずる。オーラは地球で言うとオゾン層に当たり、オゾンの完全修復に数年から数十年かかるようにオーラの修復も並大抵ではない。若い内は、その修復も容易だが、歳をとったり怪我でもすると、オーラは軟弱化し、魂の出入りが自在となる。と同時に別の霊たちも自由に出入りが可能となる。最後は、母屋である肉体が、別の霊に支配される。

 

ダビデ

ダビデといえば、紀元前にイスラエルの王として君臨した英雄だが、王になるまでの波乱万丈な生き方は、ナチス・ドイツのヒットラーによく似ている。彼が死ぬまでの戦いぶりは、日本で言えば、戦国時代に匹敵する。昨日の味方は今日の敵という、いわば弱肉強食の世界なのだが、永遠に集結しない戦いの歴史でもある。

現在もイスラエルでは、その戦いの延長のように、周囲との確執のために「終わり無き戦い」が続いている。この強い戦いの波動が、現在影響を及ぼし、何でもない諍いから再びダビデがいた頃と同じ波動での中東戦争を繰り返してゆく。

昼食会

ある昼食会で、私は90歳を超えた男性と話をした。彼は戦争体験者で、ラバウルを最後に日本へ戻ってきている。当時は、アメリカ軍に空を支配されたために、食糧難になった。その時、食したものは、さつまいもや魚、イボガエル、ニシキヘビなどだったそうだ。魚は手榴弾で海中へ投げ込むと面白いように取れたらしいが、手榴弾は敵との戦いで使用するため使用出来なくなっていった。イボガエルは、イボに毒があるためきれいに皮をむいて食べると鳥肉のように美味しいという。ニシキヘビは、非常にまずいらしい。このようにして生き延びるが、最後はB29が空中から襲って来ると、逃げ場がないので自分の前後は亡くなった、という。

そんな話を聞いている内に、ラバウルの映像が見えてきた。そして、戦地では未だに戦っている戦士の霊が暗い影を落として幽界の戦場地にいる。助けてあげたいものだが、戦死者の申し込みは、本当に少ない。この90歳を超えた男性も自分のことしか考えず、無神論者に他ならなかった。

1月16日の手紙

『 今回のご供養でとても大変な大きな仕事を一つ終えた事を心より「よかった」「皆様のお陰・・」と感謝しております。ご供養をお願いしてから、少しずつ私の体が良い方へと動き始めたのです。トイレのことなのですが、トイレを済ませた後今まで感じた事のないようなすごいスッキリ感があります。こんなスッキリ感味わった事あるかな・と考えてしまいます。

そしてご供養の二日くらい前から特に左肩が重くて痛くて・・・でもご供養が終わりますとスーッと重みも痛みも何も無くなっていました。やはりご先祖様だったのですね。

当日目を閉じていますとオレンジ色が見えました。それからまぶしい白、その中に小さな点のような光があちこちから出てくるのです。それがスーッと上がりながら消えて行きました。とてもたくさんの光が見えました。この小さな光が上がって行くご先祖様おひとりおひとりなのかなと思いました。真ん中には仏様のような姿の方がずっといらして見えていました。

その後、縦長の直方体が見えて来て、「あっこれは墓石だ」と分かりました。墓石の石の真ん中から眩しい光が現れてどんどん大きくなり墓石のまわりまで光で一杯になって行きました。小さい墓石も同じです。そのあとお墓の立っている四角い敷地一帯が輝き、眩しくて見えないほどでした。ほんとうにすごいところを見せていただきました。この光景は忘れる事が出来ません。まだ目の奥にしっかりと残っています。ご先祖様もやっと安心されたと思います。

ご供養の次の日の放射線の話しをさせていただきます。

家の浄霊を行っていただきましたのは、11日です。12日の午前中に地区の地区長さんが放射線の線量を測っていました。15ヶ所測定して0、08~0、04位だったそうです。我が家の側の道路上では、高さ1メートル地点も50センチメートルも5センチメートルもみんな同じくらいで0、04だったそうです。「地区の中で一番低かった、なぜだか分からないけど、家が少しでも高いところにあるからだと思うよ」と、主人は言いましたがこの話しを聞いて、これはご先祖様が成仏されたおかげ、そして先生・神々様のおかげ、そして筑波山(風向き)のおかげです。このようにすぐ変化が来てくださるとは思ってもみませんでした。うれしくてうれしくてご供養のことを理解し応援してくれている息子と二人で喜びました。

本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。    』

最近は、いろんな所で放射線の線量の高い箇所が指摘され始めている。政府と東京電力は、ひたすら隠し通し、できるだけ穏便にしようと、原発の終息宣言まで出している。年数が経つごとに、様々な事柄が発覚するだろうし、現在の政府では、責任など取らない方向で動いている。

表面的にはさも善良な行動をしているように発言している政府であるが、国民はこの内閣に見切りをつけており、次の内閣まで期待できなくなりつつある。

何を信じて生きてゆくのか、といえば、上文にあるように目に見えない先祖たちや地球の神を信じる他にないだろう。先祖たちは末裔のしてくれたことに感謝しているし、心配をしてくれており、また力になってくれるのである。

童話の感想

『 こんにちは。先日は「ゾウくんとコオロギくん」の絵本を送っていただきましてありがとうございました。近くに住んでいる孫娘たちにあげようと思いましたので、手紙を書いて嫁に渡しました。

手紙には「パパといっしょに読んでよね。」と書いておきました。

今日嫁から電話があってとても嫁も喜んでくれました。

「わあ、おばあちゃんから何か届いているよ。パパと読んでよねって書いているからいっしょに読もう。」と言ってパパの帰りを待って読んだそうです。

パパは、タバコを吸うので、嫁も私も、孫娘たちもパパの体の事を思って、何か気付いてくれたらなと・・・。

孫たちは、姉が妹に絵本を何度も読んであげているようで、嫁からも感謝されました。

いい本をありがとうございました。先生にどうぞよろしくお伝え下さいませ。 』

義理の息子の浄霊

『 先日、娘の夫の浄霊をして頂きまして、星椎先生、スタッフ方々有難うございました。

協会から届きましたハガキにその時の様子が書かれており、義理の息子が、自分の置かれた状況を理解できず戸惑っており、星椎先生のお導きで成仏した事を知りました。

私の単純な想いですが、死んだのが解らなかったのでしょうか。

今回、私事にて瞑想する事が出来ませんでしたが、娘には夫の浄霊をして頂けるからと、日時を伝えておきました。

また一般の葬式を行っている時、親族の泣く姿が多く(私もその一人です)、星椎先生の本に、この世に未練のある人が亡くなったときほど涙が多いと云っている事を思い出し、葬式を終わらせたばかりですが、本当のお葬式(浄霊)をお願いしました。

お願いのメール文を作成中に涙が出てきて仕方ありませんでしたけれど、今はホッとした気分でお礼のメールを作成中です。

星椎先生、スタッフ方々の対応が早く浄霊をして頂き、息子は苦しんでいる暇もなく成仏したと思っています。

後日娘が尋ねてきたので、浄霊時の事を聞きましたら、夫の仏前で手を合わせて瞑想していたら、ガタガタと音がして地震が来たかと思ったそうです。また後でスッキリした気分になったそうです。

そこで、私が知ったかぶりをしてしまい「Tが喜んでいるんだ」と、星椎先生の本の一部を引用してしまいました。

お蔭様にて、娘の声にも張りが出て悩んでいた事も少しずつですが、スムーズに流れている様な気がするといっていました。(私に勇気がありましたならば、先方さんにも一言・・・・・・・・・)  星椎先生、スタッフ方々の対応が迅速にて、息子、娘も幸福です。

浄霊、本当のお葬式有難うございました。感謝の気持ちでいっぱいです。 』

現在、先祖供養と称して、世間での宗教団体や霊能者が行なっていることは、一体何だろうかとつくづく考えさせられる。私自身も様々な霊能者や宗教団体に出席したことがある。しかし、彼らが単にお金儲けだと分かるのにずいぶん時間がかかった。やはり、彼らは自己満足の世界にいて、申し込んだ人の気持ちや反応には鈍感である。

ただ、こちらでの高等な供養には、それなりにある一定の霊感を持っていなければ、理解できないことでもある。霊感とは、霊が見える見えないだけではなく、体感的に体が軽くなったり、かゆみが取れたり、など様々な現象を見逃すことのない意識を持っているだけでも理解したことになる。

良く洗脳するからできるのだろう、と何も知らないものは言う。しかし、こちらに申し込んでくる人は、私の顔さえ直接見たことなどない人ばかりである。どうやって洗脳するのか、とも思う。そして、私が教会でお祈りをしている時、大半の人は、仕事の合間か午前中だけ休日をとってもいる。その時間になると、彼らが自然に浮かぶ映像が、上記のようになる。これが本当の供養でなくて何だろうか、と私は思うのだ。

手紙

『 旧年中は大変多くの我が祖先がお世話になりまして厚く厚くお礼申しあげます。

その都度差し上げております手紙には書かない色々の事が去年にはありました。中でも一番星椎先生に深く感謝しているのは、以前報告した事のある「アルツハイマーの姉」の娘の事です。この娘は大変優秀な人物でありましたが、10年ほど前から人格が豹変して狂人のようになり街中を徘徊して、身内や関係者で困り果て協力して病院へ無理に入院させたりしておりましたが、今の世ではその入院にも大変苦労するあり様でした。

ところが、星椎先生の浄霊をお受けしてからこの娘の様子が変化して参りまして、今では永らくゴミだめのような状態であった家を整理し始めていると知らされております。

この姉一家には身内の者がひとしく心を痛めておりましたが、今はやっと心休まる思いを味わっております。そしてこれが星椎先生のお力による事だと言うことは身内の者も誰も知りません。

「眼に見える物だけでこの世界は完結している」とかたく信じて生きる大勢の人にこれを何と説明出来るでしょう。案外狂っている方はどちらだろうかと皮肉な思案も浮かんで参ります。

今年は2012年、一部には世界の終りとか、次元上昇とか噂されております。

世界は息もつかせぬ新たな難題に次々に追い回され人々に己の生き方、心の持ち方をいやおうなく問われる事が次々起きて参ります。

東北の大惨事もそのための一つのお膳立てのように思えて仕方がないこの頃です。

自ずからの心の有りようを立て直すためには先祖供養が欠くべからざる条件だと言う事を日本中の人々が気付いて一人でも多くの人が星椎先生の浄霊のお力に浴してほしいと思っております。

どうぞ今年も星椎先生はじめスタッフの御一同様日本全国の迷える人々や諸霊の方々のため、ますますご活躍されます事心に祈っております。 』

難病は治療できず治らないというのが一般の常識である。この問題は、先祖の霊と自分の肉体というものに着眼しない限りは、解決し得ない。そのことに気づくのは、ここでの浄霊を行なった人の中で、霊感だけではなく注意深く観察することがとても必要となってくる。この人は、そこに着眼し、結果にアンテナを張り巡らし、その結果が出たことに、偶然ではない確信を持つようになった。この積み重ねが、非常に重要なのである。

 

昨年のメール3

『 本年は、私にとって奇跡ともいえる、先祖供養をして頂きまして、感謝という言葉すら薄っぺらなものになるほどの、心に深い想いを、私のすべてを地球にささげたい気持ちです。

人生の中で、こうして、ご先祖様と一緒に、こちらにお手紙を書いているときが、私が生きていることを感じる時間であります。供養と生業は二輪と申されますが、現世ではダメ人間の私が、ご供養をするときだけ、自分の心が魂が真底望むことをしている感じがします。

私にどんな徳があって、こちらに辿りつけたのかさっぱりわかりません。いくら探しても自分に徳分があるとは全く思えないのです。皆々ご先祖様のお力のほかの何者でもありません。

現実の世の中では、私の仕事をする力のなさ、実力のなさ、要領の悪さなど、日々苦しむ毎日です。もっと素晴らしい人生にしたいです。どうか来年もよろしくお願い申し上げます。

皆様、よいお年をお迎えください。いつも、いつも、ありがとうございます。

ありがとうございます。 』

「現世ではダメ人間の私」と言っているが、果たしてそうだろうか。私から見れば、要領よく生きてたり、先祖を無視した無神論者であるものの方が、よほどダメ人間のような気がする。

年寄りの顔をよく見れば分かるだろう、無表情の顔はまさに無神論者であり、最期は孤独の断崖絶壁まで追いやられる。いくらお金を稼いでも、いくら地位があっても、それこそダメ人間の典型である。

「恩讐の彼方に」という菊池寛の作品がある。福岡と大分の県境に耶馬渓という岩の多い村で、山を越えなければ通れなかった難所で、崖を超えるために多くのけが人や死人が出た。それを解消するために僧の禅海がノミひとつで岩を削り青の洞門を築いた、という実際の話をベースにした物語である。

10年ほど前、私の下に過去世が、その禅海の妻だったという人が現れた。プライドが高く、自分は身分が違うのだという顔をしていた。まさに無神論者だった。禅海は、日本人ではなく、しかも罪人であった。結果的に、先祖供養をしたかった女性を食い止めてしまい、大きな罪を作ってしまった。私から見れば、このものこそ本当の「ダメ人間」である。

日々苦しむ毎日は、誰しも与えられたカルマであり、それを先にするのか手前で終わらせるのかが違うのであって、先にすると肉体が衰え、カルマは解消されなくなる。カルマを解消できる状態にあることを感謝しなければならない。

 

昨年のメール2

『 先日の19日の浄霊ありがとうございました。手紙にとても嬉しかった様子とありましたので、よかったなと思いました。カレンダーとカップも届きました。身近な生活の中にきれいな写真が増えるのはいいですね。来年も頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。』

 

短い文章だが、「身近な生活の中にきれいな写真が増える」とあるように、魂の垢を落してゆく状態を語っている。魂の純度を高めてゆくと、このような言葉となってゆく。魂の純度を高めるのは、ヨガのような行為ではないと、釈迦も大悟する前に理解した。

昨年のメール

『 まだ、私自身は今年の9月に先祖供養を再開させていただき、本当に入口に立たせていただいている状態であり、病気や霊症のことは、自分自身が逃れようとする気持ちが先立ってしまい、ご先祖様よりも自分が先に立つことになるので、できるだけ触れないようにしていました。

それに長年に亘り私が受けてきたいじめは、もしかしたら私自身が過去世での行いが悪かったことに対して、現世で修正を求められているのではないかと思うようになりました。

今まで現れたいじめっ子たちや私の周りにいる相性の悪い人達は、過去世で私と一悶着あって私が痛めつけたのではないか……。

今年は星椎先生の浄霊を再び受けることをお許しいただけたことを本当に感謝いたします。

今日、用事が有って自転車で外出した時、風が強くて大変だったのですが、母方の実家と本家の前を通りがかった時、屋根や軒下に暖かい日差しが差していて、周りの雰囲気も少し明るくなっているように感じました。ご供養して頂けたことで、時間の経過とともに、少しずつ良い方向に修正されていくことを確信しました。本当にありがとうございました。

来年も決して諦めることなく父方・母方双方のご先祖様を助けていくことを誓います。 』

現世での修正、それがカルマである。カルマに気が付くには、実は先祖の供養が先で、先祖の供養をする前にカルマの修正だけを行おうとすると、大きな障害が立ちはだかる仕組みになっている。先祖の霊と自分の魂とは一対になっているので、カルマだけを解消しようとすると、大きな重石を付けられた感じとなって、前へ進めなくなってしまう。

しかし、先祖の供養を進めてゆくうちにカルマに気が付けば、カルマの大きさに気づくが、カルマそのものには大きな負担がかかってはこないので、気持ちに焦りはなく、自然体でカルマの解消ができてゆく。本物の供養かどうかは、その辺で理解できるだろう。

金正恩

昨年亡くなった金正日の死について独自で報じた宗教団体がある。それは、金正日を金正恩が暗殺した、という内容だった。しかし、それを信じるものがいるのだろうか。

私の見立てでは、金正恩というのは、とても気の小さい男で、金正日をバックに今から統制しようと考えていたらしく、彼のバックなしでは、頂点には立てないことを良く知っていた。

元来、金正日は、おいしいものが好きで、肉類などコレステロール値の高いものばかりを好んで食していたようだ。心筋梗塞や脳梗塞で、いつ倒れてもおかしくない状態だった。それに呼応して、金日成の憑依霊、国民の生き霊、生き死霊、私の力の相乗効果で一気に死へと至った。これが真実であろう。そして、金正日がそれ以上生きていると、日本に相当な悪影響を及ぼしていたであろう。

それにしても、あのような暗殺計画の虚構を良く思いついたと感心する。そのことを本気で信者は信じているのだろうか。

数字

数字にまつわる話をしてみよう。数字というのは、周波数でそこには科学的な因果が集積している。日本とアメリカでも同じ数字での解釈が異なる。

例えば、9.11というのは、アメリカでもテロ事件として印象が強い。日本では、3.11が地震と津波の大きな出来事になった。この11は、ひとつの節目としての意味が大きく、今後の事件や災害にも大きな意味を持つかもしれない。

今後の数字では、6.11や12.11にも何か起こりうる数字として考えた方が良いだろう。ここには霊的な意味も含まれているようだ。ただ、地球の神は、そのような数字を出した時、何も起こらせないように配慮する。それは、意識することによって、油断しない状況を作るからで、1999年は何も起こらなかったことと同じことでもある。

9.11や3.11は人間の油断に大きな意味があったようだ。地球は、固定のものではなく、意思によって動いている大きな生き物だという認識が必要である。これは、最近アメリカの科学者が、少しずつ言い始めた言葉でもある。この巨大な生き物を、どのように認識するのかは、人間のわがままでは解決できないものである、という認識はとても重要なことである。そして、人間生活になくてはならない数字にも、大きな意味が含まれている。

野田内閣

この野田という男は、結構嘘を平気でつく男である。従って、国民が期待するようなことは全く出来ない。実際に、竹島問題では全くの素人で海外の知識は希薄過ぎ経済を少しかじった程度の男である。そのことを官僚は理解し、手玉に取っている。現在は、官僚の言いなりになって、財政を動かそうと試みている。「どじょう内閣」どころか、歴代の総理の中では最低で、取材記者を遠ざけ、尻尾が見えぬように逃れている。実力が全くないのを悟られまいとする、まさにたぬき以外の何ものでもない。この男の前世は、政治に全く関係のない「どじょう」を扱った百姓で、カリスマなど微塵もない。今回は、消費税で官僚の言いなりになっており、このことで求心力のなさが暴露され、党は分裂し解散に追い込まれる可能性がある。彼の先祖たちは、彼の行動を冷ややかに見ており、信心深さのないのに辟易している。そのために応援もない。このような男に国を任せると、破綻しかねないので、早く次の新しい党に委ねた方が健全な国家を保つ事になるだろう。

海底

2日目にバリ島の海底を潜ってみると、意外に濁っていた。沖縄の海底の方が、まだきれいである。観光を主とする表の顔とその内容とでは大きな差があるようにも思える。ヨーロッパ人は、ヨーロッパにはない東洋のエキゾティックな雰囲気で気持ちがリフレッシュされるようだ。私もこの東洋独特の雰囲気が好きになり始めた。

だが、やはりその不潔さは、波動の粗さから来ている。その不潔さが、病原菌を蔓延させてしまうので、清潔な方が良い。

今回は、海底に入る前、皮の手袋を忘れて、軍手で潜った。岸からそう離れてはいなかったが、いきなり100メートルほどの絶壁となっていた。流れが早いため、時折、岩にしがみついていたが、そこはサンゴの塊となっていた。サンゴは、鋭い刺で覆われており、その刺には毒がある。沖縄でも、その刺のため、治りづらく、帰国して皮膚科に行ったほどだった。すぐに症状が表れないのが特徴である。この時も、症状は帰国して大きく表れた。

手のひらに3箇所の腫れが見られ、親指の付け根が大きく腫れていた。しかし、病院は正月休みなので、自分で応急処置を始めた。腫れた所に針で穴を開け、悪血を出した。その間、熱が出、下痢が続いた。丸2日よく眠った。そして、回復し始めた。

海底の夢を見ていた。単にサンゴの毒だけのことではなかった。霊感のあるダイバーが良く話すことだが、海底で戦没者の歌を聴くことがあるそうだ。今回も、そのような霊たちの仕業もあった。魂のあちこちに黒い付着物、そして生霊、生き死霊の類も付いていた。本当に今年は、油断のできない年になりそうだ。

バリ島

年末に出かけた場所は、東南アジア、インドネシアのバリ島だった。東南アジアは、どうしても未開の地というイメージが払拭できなかった。空港に到着すると、黒い肌、鋭い目が、あちらこちらに光っていた。到着便に合わせて、空港前は車でごった返している。これは、エジプトやペルーに似ていた。ただ、非常に湿気が多く、雲も厚く低いかと思えば、別の方角では、晴れ間が見えていた。この時期は、雨季なので雨は覚悟していた。

 翌朝、早い時間から港へ行くのだが、途中の道路は、今まで見たこともないバイクと自動車の競合だった。まさにカーチェイスのように、車とすれすれに通り抜けるバイクとが2車線道路を行き交う。いつ飛び出してくるのか分からないほど、ヘルメットをかぶらないバイクが縦横無尽に駆け抜ける。小さな日本製のバイクには、赤ん坊を真ん中に挟んで、3人乗りは当たり前のように走ってゆく。日本やヨーロッパは、公共の電車やバスが走っていたが、この国は、いきなりバイクや車が走っている、そんな感じだった。

 こんな東洋のイメージが嫌いだったので、東南アジアを旅行するのを避けてきたが、今回は、ある意味ではカルチャーショックである。港に着くまで、緊張の連続だった。港へ着くと、現地の案内人がやってきて、片言の日本を話す。それほど多くの日本人が来ているのではなかった。不思議と動物的な顔の原住民を見ると、日本人に近い顔つきが何人もいることが理解できた。まさしくルーツである。

 鎌倉、室町、織豊時代には、これらの人たちが日本を訪れ、日本人も移住している。第2次世界大戦当時は、この国は日本の領地であった。だから、当然交流があり、子孫も生まれたに違いない。日本ならどこでもいるようなスタンダードの顔でいっぱいだった。つながっている霊線というものがあるが、これらの人々にはくっきりと青い光で日本人と共鳴していた。そんな見方をしている内に数日が経ち、目も慣れたせいか親日的ということもあって、日本の若者より活動的なこのバイク軍団がいやでは無くなっていた。