6日目


昨晩、ブダペストのホテルに到着して、4時間ぐっすりと寝た。
ブダペストという地名は、ブダ地区とペスト地区を合わせた名前である。
6日目ブダペスト 朝、9時にバスに乗り、ドナウ川の一望できるブダ地区の漁夫の砦に向かった。ペスト地区の手前のドナウ川は、遊覧船が最近沈没したのは世界中に知られていた。ガイドの話だと、7秒で沈没したらしい。しかも、昨日、30キロほど離れた下流で新たに遺体が発見されたという。ドナウ川というのは、見た目より遥かに早い川の流れになっている。そして、泥の河という印象である。「美しき青きドナウ」とは、大昔の話。
この丘には、頂きに自由の女神が建てられている。旧ソ連との激しい戦いに勝利した記念のものである。周囲の建物には、銃弾の跡が至る所に残っているし、記念として残している。しかし、銃撃戦で亡くなった兵士の霊が数多く存在する。彼らにとっては、戦争はまだ終わってはいないようだ。
丘の上から見れば、ゆったりと曲線を描く川や美しい街並。しかし、戦いによって成仏していない霊たちの街は、警察の車が絶えずサイレンを鳴らし続けている。いくら、教会でお祈りしようと、本当の平和はやって来そうにもない。活気がある街だと言っても、霊的な問題を解決しない限りは、安住の地とは言えそうにもない。
昼過ぎから雲行きが悪く成り、昼食後には大雨となった。幸いレストランのテントの下で食事をしていたので、やみそうもない外の様子を眺めていた。その内に夜のドナウ川クルーズをやめようということになった。ガイドの雑談に時間を潰し、皇后エリザベートが愛したという老舗のカフェ「ジェルボー」でラムネソーダを飲みながら時を過ごした。世界中の観光客が集まってきて、バラのような会話があちこちから耳に入る。その内容は、実に平凡なのだが、そのことが癒しになっていた。そうしている内に、ディナーの時間になった。日曜日で中央市場が休みだったので、観光客も目当てが外れたという感じで、ショッピング街を歩いていたようだ。
夕食は、近くのレストランに入った。それは地下で、ワインの貯蔵庫をレストランに改造したものだった。元々、ワインの貯蔵庫は一定の温度で冷やされていなければならないが、そこは非常に蒸し暑かった。ヨーロッパの街は、どこでも電気の節約を行い、そのレストランもクーラーの効いていない場所だった。
席に着くと、すぐにスープが出てきた。同時に3人の演奏家が、いきなり演奏を始めた。小さなバイオリン、ビオラ、コントラバスとリズミカルな感じで、日本の「さくら」や「上を向いて歩こう」までサービス演奏をしてくれた。蒸し暑さを吹き飛ばすには、非常に心地良かった。
6日目ブダペスト しかし、近くでの音は、ミスを聞き分けることが出来るのだ、と分かった。最初は感動したが、次第に彼らのことが目に入ってきた。特にバイオリンを弾いている大柄の男は、一流の演奏家を夢に見ていたが、失敗し挫折して、迷った挙句、この仕事を選んだようだった。手入れをしていない古いバイオリンが、それを物語っていた。食事の時の演奏までは良かったが、CDを売りに来た時には興ざめしてしまった。未だに夢を捨てきれないのだな、と思った。柔らかい手先は、かなり動かなくなっていたし、大きな体に病魔が襲ってくるのも、間もなくだろう。フランス映画のラストシーンのように、どこかもの悲しさを感じながら、レストランを出て、ホテルに向かった。