3日目


朝、ホテルを出たバスは、ウィーンからチェコへ向かった。
チェコのチェスキー・クルムロフは、ヴルタヴァ川が大きく湾曲する場所にある静かな街だった。13世紀ボヘミアの貴族によって築かれた町で、どの家も赤い屋根で作られた商業の街でもあった。小さな街は、バスの侵入が禁止され、徒歩での散策となった。城壁は、ルネッサンス、バロック様式で、起伏の激しい城の中には、鬱蒼(うっそう)とした霊たちが、影となったあらゆる場所にいた。霊感の強い者は、背中に憑依され、いかにも重そうに歩いている。昼食は、洞窟で作られたレストランに入って、薄暗い場所でのまずい食事となった。
ウィーン3日目 食事終了後、ガイドが紹介されるが、地元のガイドらしく、気力のない声で、拙い日本語を使っていた。日本で言えば、オタク族のような男性だった。ガイドの話は、耳を通り抜け、韓国人や中国人、オーストリア人の声に遮られ、説明する内容は、さっぱり理解出来なかった。彼も先祖から頭をやられている、そう思うことで納得した。地元民は、急な川の流れを利用して、カヌーや筏の観光に日々を過ごしている、そんな感じだった。日本もそうだが、城そのものは、戦うために作られており、そこには貪欲な人間のエゴが満ち溢れ、美しいと感じることはなかった。散策で山の頂上まで来ると、そこにはベルサイユ宮殿を模倣したような庭園が広がっていた。ガイドは、さらに説明しようとしたが、時間がないために山を下ることになった。別れ際、この気力のないガイドへの拍手がなかった。
彼は、14世紀の当時、この地に生まれ、この地をこよなく愛していた門番だったようだ。しかし、当時から気力のない男で、戦争に駆り出されることがなかった。それが良かったのか悪かったのか、再び転生してこの地を選んだようだ。
チェスキーのプードル 私に縁のある女性が、黒いプードル犬2匹を連れて街を歩いていた。笑顔が可愛い女性で、2匹のプードルは、過去世では、彼女の母親父親だった。近寄ろうとしない2匹のプードルは、行儀よく座って私を「誰だろう」と考えていた。
スウェーデンでも、綺麗な城を散策していると白いスカートの美しい女性に出会い、大きな2匹の犬と連れていた。その白い犬は、私と縁があり、すぐにそばへ来て懐かしそうにすり寄ってきた。彼らは、アトランティスの人たちだった。
私は、美しい品のある人たちが、何気なく近寄って来る、そんな出会いが心地よいと感じるようになっていた。もちろん、そんな人ばかりではない。アトランティス当時、一生懸命に生きていた人も、転生を繰り返すたびに落ちてゆき、そして犬や猫、あるいはイルカとなって今世の生活をしている。
そんな思いを噛み締めながら、バスは首都プラハへ向かった。