首相官邸 2

『 正面玄関の上部にはめ込まれたガラスには、直径1センチほどの弾痕のような穴がある。1936年に起きた「2・26事件」のときに浴びた銃弾の跡と伝えられてきた。

地下のホールに行く階段は、人1人しか通れない狭さに造られている。それは、反乱軍などが襲撃してきたときに、大勢がドッと押し寄せてこれないようにしていたためだ。

1932年の5・15事件の際には、青年将校たちが突然、首相官邸を襲い、犬養毅首相が凶弾に倒れている。4年後の2・26事件では、岡田啓介首相が、とっさに公邸の使用人部屋の押入れに隠れ、あやうく難を逃れている。

終戦の日の早朝、佐々木武雄陸軍大尉を中心とする国粋主義者たちが、首相官邸を襲撃、鈴木貫太郎首相は前夜に私邸に戻っていたが、警護官に間一髪救い出されている。

戦後では、1960年7月に岸信介首相が、に日米安保条約阻止を叫ぶ全学連が塀を乗り越えて乱入している。さらに、1978年12月には大平正芳首相が、首相官邸内の通路から公邸に入ったとき、前夜から忍び込んでいた暴漢に短刀で刺されそうになったところを、毎日新聞政治部のK首相番記者が暴漢の下半身を抑えて、助けたのである。 』

 

2・26事件や5・15事件、鈴木貫太郎首相・大平正芳首相などの暗殺未遂事件をみても怨霊と深い関係がある。この怨霊が、霊ゾーンを支配している以上、まず、そこの怨霊の浄化が不可欠になっている。何とか私に依頼が来ないかを今か今かと待っている。

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