霊感

『 七月四日に義母の実母のご供養を執り行って頂きまして誠に有難うございました。お手紙も受け取りました。有難うございました。お陰様で無事に成仏する事が出来、本当に良かったです。

当日は11時少し前から、会社の別室で数分だけお祈りが出来ました。義母の実父と供養の時期がズレた事をお詫びし、成仏を祈り合掌しました。

特に何も見えたりは無かったですが、事務所に戻ってパソコンの前に座り仕事をしようと思った時に、「ありがとう」と言われた気がしました。

「えっ!」とビックリして、とっさに手を胸に当てていました。

聞こえたと言うより、ふと脳裏に浮かんだといいますか、気持ちが伝わってきたといいますか、私の気持ちからではない思いを感じ、不思議な感覚がありました。

ご供養の次の日の朝、家のプランターに植えたピンクのお花の中に1つだけ赤い花が咲いていてビックリしました。赤色も咲くの?とまずビックリし、このタイミングで咲くなんて、ご先祖様のお気持ちを感じて嬉しくなりました。そして今朝は3つも赤い花を咲かせて見せてくれました。

お盆が近いので、ご先祖様が喜んでくれているのを感じると安心します。  』

 

霊感とは、自然現象に逆らわない、自然を素直に受け入れる意味もある。人は目に見えないことを否定したがる。しかし、電波も音波も見えないが受け入れている。大自然の多くのことを理解していない人間は、知らないことが多いということを理解していない。

霊感は、「ふと脳裏に浮かんだ」ことであり、完全に目の前が映像化することではない。実は、世の中で成功を治める人の殆どは、この霊感が必要だ。

迷路で、右か左かで迷った時、「何となく・・・」と考え、その方向で間違いなかった場合、必ずそこには先祖の指示がある。それが霊感である。

この場合、「ありがとう」と言ったのは、先祖からの声である。声だけではなく、浄霊を果たした先祖は、自然を自由にする力も発揮する。逆に、無念で亡くなった人は、雷や雨、風を自在にコントロールする。だが、そのような霊は、そのままではパワーを失うので、憑依によって末裔や親しい人の体に接近する。憑依しか残された道は無いからだ。そして、幽霊となって、人前に現れた時、ボロボロになっており、顔も見苦しい状態となっている。そのようなことがないように、末裔は常に、感謝の気持ちを持って、先祖の浄霊を考えておく必要がある。

 

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