遺影 

『 6/18付けの星椎先生のコラムで、私も星椎先生と似た体験をしました。
確か2009年の12月、母方実家の法事に出掛けたときでした。仏間に母親の兄である伯父、義姉である伯母、太平洋戦争末期にルソン島で戦病死された軍服姿の母方祖父の遺影が掲げられていました。どの遺影も私に目線で訴えかけてくるように感じられました。
正直、圧倒されるような雰囲気でしたが、そのときはどうしてなのか分かりませんでした。
それから幼くして亡くなられた母親の姉とともに、星椎先生から浄霊をして頂けました。
遺影 その後、母方実家に出掛けたとき、皆様の遺影が柔らかで喜びが表れた表情に変わっていたことに気付きました。
このメールを入力していて皆様からの喜びの気持ちが改めて湧き上がってきて、合掌して感謝しました。
遺影に魂が移るのは事実だと気付かされました。
星椎先生から浄霊して頂けましたご先祖様の遺影は、みんな喜びや感謝・安堵に満ちた表情です。法事も厳かで和やかな雰囲気で執り行われます。
本当にありがとうございました。
ところで幕末に日本に写真が輸入されて以来、写真に魂を吸われるという迷信が生じて長く伝えられましたが、単なる迷信で片付けられないのではないだろうか、昔の人々は何か気付いていたのではないかと考えさせられました。 』

  

星椎水精先生のコメント

形ある物には、霊は皆、侵入する。特に写真は、波動の一致がみられ、その時点での霊の意識が如実に表れる。従って、親族が近づくと、写真から霊は飛び出し、親族に憑依する。田舎へ行くと、大きな家では自慢気に飾っていたようだ。
浄霊すると、その表情も変わるのは確かである。このことをしっかり理解していれば、霊能者や宗教団体が供養と称して行っているのは、違うと分かるだろう。彼らの行っている供養とは、浄霊を理解する初段階に過ぎない。しかし、供養を全くしない家よりも霊達は、我慢し落ち着いて、末裔の行動を見てもいるようだ。