護摩供養

平安時代に弘法大師が導入した護摩焚きの方法がある。これには特殊な霊能力がなければ、意味のない法である。日本の霊能者では、この奥義を理解し駆使できるものは、誰もいない。要は、弘法大師ほどのものは現れてはいない。この奥義を理解しなければ、ただの焚火に過ぎない。ドイツのアウシュビッツまで行き、大規模な焚火を行い、顰蹙をかったものもいる。今回、朝鮮総連のビルを購入しようとした僧侶もその一人である。

20年ほど前、小倉の足立山の麓に弘法大師が修行した場所で、私は真言宗の理趣経を1年間唱え、護摩焚きの手法を試してみたことがある。神道も同時に行っていたのだが、ある日、ノイローゼの女性を助けて欲しい、と連絡があり、その家で護摩焚きを実行してみた。そして、何の効果もないというのが分かった。弘法大師は、自分の超能力を護摩焚きという媒体を利用しただけだったのだ。

もし、護摩供養を浄霊に使う僧侶がいれば、おかしいと思った方が良い。

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