『 今年から仕事に行ってます。

先生の本にも載ってあった普通の生活自体が行であると言う言葉とこの世は修行の場で常に試されていると言われて こんなことしている場合じゃないと思いました。

苦しいですが私以上に苦しんでいる方を1日も早く浄霊して頂けるように頑張ろうと思います。

また浄霊 お願いしようと思いますので宜しくお願いします。 』

 

「行」というと、厳冬に滝に打たれたり写経をしたり断食をすることを指すようだが、本当の「行」とは、地球の神から与えられた日常の生活を言うのである。そこには無理がなく、自分の出来る範囲内での行動が将来の決定につながるように仕組まれてもいる。

厳冬に滝に打たれて心臓を悪くした人もいるくらいで、一時的に軽い憑依が取り除かれるだけの効果しかない。繰り返し憑依しても分からない末裔には、孫などの弱い体質のものに先祖は憑依をする。

釈迦もヨギのしていた「行」を我慢比べと言うように、日本人もこの形式的な「行」というものに疑問を持つべきだろう。

 

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