葬儀

葬儀

葬儀の際に、主催者のアナウンスが流れ「○○さんは天国に召されました」と言い、参列者は涙を流す。そこで聞いていたものは、「天国へ行ったのだ」と何の疑いもなく鵜呑みにしてしまう。
天国とは何なのだとも考えもせずに、儀式の運営に任せっきりである。テレビでも放映しているこのシーンを、もう少し疑いの目で見なければならない。おそらく、アナウンスした女性に「天国とはどんなところですか」と聞いても、何の知識もない人ばかりである。
今のマスコミほど、いい加減な放送をしている分野はない。
いじめで自殺したものが、天国など行けるわけがないし、仏典を読む僧侶が、彼らを天国へと導く術など何もない。仏典の内容は、「あなたは肉体を無くしているから、別の世界へ行くのです」くらいの内容である。
ところが、幼い頃から、仏教など聞いたことのない現代人が、それを理解するのかと言えば、「この坊さんは何を言ってるのだ、私は無念で苦しい」と逆に訴えている。
それが、皆の涙となって現れるのである。涙は無念、という言葉以外の何物でもない。今の僧侶は、単なるサラリーマンで、それを良しとする者にとっては、好都合で、「おかしい」と思う方が、常識的な人と言える。
自殺だけではなく、一般の葬儀も、成仏する者はいない。それが証拠に、江戸時代からの武者のお墓は、いまだに成仏していない武者の霊が出没する。当時としては、破格の葬儀を行っているにもかかわらず、である。

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