自殺


自殺志願者について

日本で年間3万人という自殺者が出ている。これは日本人の心が失われつつある状態だ。そして、こちらにも自殺志願者がメールを送ってくる。大半がマイナスの因子を強く持った先祖霊、或いは旅行先で、或いは友人から憑依されたことが原因である。
ただし、死んで楽になると考えているととんでもない。私はダイビングをしているが、水中で呼吸が出来ない訓練をする。それは瞬間的にはパニックになる。それと同じように、前も後ろも見えない暗黒の世界で、体を動かす事も出来ない、呼吸が全く出来ない、という状態が数万年続くと見て良いだろう。ただし、誰も助けてはくれない。順調に行けば、ブラックホールに流される。その恐さは、計り知れないものがある。例えば、高い橋や崖から落ちたとすると、その橋から数百万回落ちる恐怖がやってくる。だが、1度橋から人が落ちれば、橋の上から川や海の中までマイナスのサイクルとなり、同じマイナスの気持ちを持った人がそこをよぎると、同じ自殺者が生じる。そうやって、自殺の名所となるのである。家で自殺者が出ると言う事は、その家に凄まじい先祖がおり、先祖供養など全くと言ってよいほどされていないのである。お墓に行ったり、仏壇に手を合わすことが先祖供養と思っている人が多いが、そのようなことでは先祖の霊は解決しない。自殺者が出る家庭は、絶家を意味する。そして、自殺志願者の大半は自分の意思ではなく、憑依した先祖の意思である。

自殺したら、どうなるのか

企業のスリム化や国土交通省の予算縮小による道路建設、土木建設等の公費カットによって、中小企業が倒産の憂き目を見、会社の社長が自殺するケースが多い。北海道はその中でも群を抜いている。彼らは、社会の自然淘汰で消滅しなければならない運命にあったようだ。しかし、どんなに高いハードルでも、カルマとしてのハードルを乗り越えなければ、次の転生は用意されてはいない。この追い詰められた状況に、あえて自殺を選んだのである。そして、周囲にこの状況をそそのかすものがいる。それは、目に見えない浮遊霊の仕業である。自殺したくなる心は、浮遊霊の誘いによって反応する。ひとたび浮遊霊に反応すると、浮遊霊は数百から数千体で自殺志願者を取り囲む。この状況下では、体が自分の意思では動けなくなる。背後の先祖霊もそれを容認するものと阻止しようとするものとが2分されるが、先祖供養もしない家族に望みを捨ててしまい、もうその頃には殆どが自殺容認になっている。自殺が何らかの形で失敗しても失敗しても、その行動は坂を転がるように自殺の道へ落ちてゆくだけである。単に自殺が簡単と言うが、自殺の怖さを知らないだけである。自殺するとすぐに暗い闇が訪れる。息すること自体苦しく、物凄い恐怖の闇から魂は逃れる事は出来ない。地上のものとの交流は、不可能である。もがけどももがけども苦しみは永遠に続く。先祖の末裔が助けるのかと言えば、その気配すらない。数千年から数万年は、自殺した行動の痛みを知らされる。腹を切ったら、切った痛みが永遠に続くように、飛び降り自殺した場合は、何十億回もの飛び降りる時の恐怖を味わうことになる。このような苦しみがあるのなら、生きてもう少し頑張れば良かった、と誰もが反省するのである。しかし、反省して意識を変えられるのは、生きている時だけなのである。そのようなものが天国なんかに行ける訳がない。「死んだら霊界へ行ける」と言った丹波哲郎の言葉は、死への誘いを簡単にしてしまったので、彼の罪は大きいといえる。霊界へ入る事の難しさは、霊になって初めて分かる事である。簡単に若者が自殺する現状は、神を罵倒した行為であり、生前に誓った人生の計画を破棄したということで、魂としての最大の罰を受けねばならないだろう。

自殺者の浄霊

そこで、自殺した人を浄霊した体験談を取り上げてみた。浄霊とは、極めて困難なもので、一般の霊能者や宗教団体が行うのはままごとのようなもので、実際は全く出来てはいない。宗教団体というのは、信条や教義を司る以外には何も教えてはいない、いわゆる空想に過ぎないのである。現実味がないために、家庭などに起こる不和が一向に解決できない。本当に解決し始めた時は、次のような現象が起こる。しかし、このような事が分かるのは、冷静な魂の動きをキャッチできる感性が必要であろう。
『 自殺した母の葬儀では、外気が30度を超える気温でしたが、式場内は氷のような空気が漂っていたのです。今まで味わったことの無い、とても冷たいものとなりました。葬儀が終わるとすぐに、母を成仏させてもらえる霊能者の人を探したのでした。「自殺者は成仏出来ない」と知っていたからです。それは以前、心霊やUFO等、ミステリー関連の本を読んだことがあり、少なからず知識はあったからでした。インターネットを検索したところ、数ある関連サイトから星椎先生のホームページにたどり着く事が出来、近いうちに母の浄霊をお願いする事に決めたのです。 それから何日かして落ち着いた頃、現場になった旅館へと迷惑をかけてしまったお詫びに訪れて、帰宅してからの事です。突然重いものが覆いかぶさるような感覚になり、思わず猫背になってしまうような症状に見舞われ、気持ちも言いようの無い暗く重い感じになり、これは間違いなく憑依だなと、実感しました。今まで生きていて、その様な事には無縁だっただけに正直、驚かされました。次の日には、父が左手を火傷したりで、恐ろしささえ感じた程です。自分自身、もやもやした重い気分に支配されてしまったようで、このままだと危ないなと思い、心から母に念じてみました。「必ず成仏させてあげられるから、もう少し待って」と。そうしたら、すっと身体が少し楽になったのです。霊障は少し軽くなりましたが、後日右手を見えない手が一瞬掴んだ感覚があった事がありました。これは母の手だと、不思議と感覚的に分かったのです。きっと一刻も早く楽にしてほしいのだなと、そう思いました。 そして、浄霊の日です。指定された時間に目を閉じていると、瞼が無意識に痙攣をおこし、何か黒っぽい渦が巻いているような物が見え、それが後に散れて無くなりました。それと同時に小さい稲妻のような光が二本見えたのを覚えています。目を開けると、いつもと同じ景色ではありますが、空気が澄んだように明るく見え、左のわき腹辺りから、何かが引き抜かれていくような、変な感覚がありました。そして一番驚いたのが、あれだけ重くて暗かった気分が、とてもスッキリして、とても嬉しくうきうきしてきたのです。僅かの間に、しかも自宅で目を閉じていただけで、人の気持ちが180度変わるのは有り得ない事だと思うのですが、現実、そうなったのです。身体も、だんだん軽くなり、うきうきした気分には、かえって不謹慎なのではないかと思う程でした。本当にあの時は助かりました。先生と出会えなければ、今頃、自分はどうなっていたのかと思うとゾッとします。その事がきっかけで、先祖供養の大切さを知り、実行して行こうと決めたのでした。まずは、身内で亡くなった順番にという事で、妻の父と祖母を浄霊していただいた時の事です。自分自身には変化を感じることは無かったのですが、二人を思い浮かべると、ホッとした気分になりました。母方の祖父ですが、やはり何も感じることが無かったのですが、後日、送られてきたお手紙には、“それほど天使達の手を煩わせる事なく、宙をふわふわと浮いて・・・”と書いてあったのを読んで、納得しました。祖父の葬儀の時、久しぶりに集まった親類たちが、和気藹々としていて、楽しい雰囲気さえ漂う葬儀だったのです。祖父は生前、おおらかで、誰にも恨まれないような人柄だったのを覚えています。 父方の祖母の時は、身体が軽くなりました。お手紙には“白地の着物に金のししゅうのが入った黒い帯姿で正装・・・”と書かれておりましたが、この着こなし方は普通の人はあまりしないと思うのです。祖母は生前、美容師をしており、着物にはかなりのこだわりがあったと聞いておりましたので、魂になっても生前の趣味が現れるものだと思いました。
父方の祖父の供養が決まった頃から、とても空腹感が出始めたのが、浄霊が終わると、その症状が治まったので、食料の不足していた戦時中に亡くなったので、お腹をすかして亡くなられたのではないかな?と思いました。 供養を進めて行くうちに、毎日欠かさず飲んでいたアルコールを、あまり飲みたいと思わなくなり、今では殆ど飲まなくなりました。これは他の人の体験談にもありましたが、ちょうどその頃、同時進行で長年吸ってきたタバコを止める事が出来たのです。喉の調子が悪くなったことがきっかけですが、さほど苦労する事も無く、すんなりと禁煙に成功出来てしまったのには、周囲の人も驚いていました。もしかすると、ご先祖様がそうしてくれたのではないかと思います。 まだ供養を始めて僅かではありますが、自分なりの感想として、自分に強く憑依していたり、親など近しい人や重い魂程浄霊前後に強く変化が現れるみたいです。それに何も感じなかった場合でも、成仏した故人を思い浮かべると安心した気持ちになります。 先日、自殺したS家の曾祖母を浄霊していただいた後、実家を訪ねたところ、現場になった場所が明るくなったように感じました。また、妻の母親の癌も今のところ、経過は良いみたいです。 時々晴れた空を見上げては、あの人は今頃、天の上で何をしているのだろうか?と感慨深く眺めては、まだ成仏していない先祖様を上げなければと思う次第です。 』

浄霊が出来るのは、世界中で殆どいない。自殺者を浄霊できなければ、浄霊が出来るとはいえない。それほど、膨大なエネルギーが必要であり、地球の神との連携が出来ているかである。私が行っている浄霊は、地上で彷徨っている、しかも人間に危害を及ぼす霊の浄化をし、世界を平和に導こうとしているのである。教義や架空のものを祈祷したところで、この地上は平和にはならない。いわば、全く勉強しない人間が、いきなり桃源郷を作ろうとするのと同じであり、机上の空論に過ぎない。それにしても、一人でも早く、自殺者の重い霊体を浄化してあげることを望む。そして、浄霊がどれほど大切な事か、現在のようないつ戦時体制に入るか分からない時代こそ、その重要性が分かるだろう。

自殺者浄霊の体験談を取り上げて見た

今回の体験談は、身内の自殺者を、こちらで浄霊した時に、自宅にいた依頼者が感じた話である。
『 この度、父の浄霊をしていただき、本当にありがとうございました。供養当日、朝から足が鉛のように重かったので、どうしたのかと思っていましたが、「供養のとき父の体が鉛のように重く、厳しい状態だった」と聞いた時に、それで自分の足もそうなったのだ、と思いました。父が死んでから13年の間、様々な霊能者や、真言宗の寺、宗教団体などで数え切れない程の父の供養をしてきまして、私としては成仏してくれたものと思っていたので、まだ成仏できていなかったとは、本当に驚きでした。星椎先生の本に書かれてあるように、供養したつもりになっただけだったのですね。 父も長い間の苦しみから完全に解放されて、本当によかったと思います。父の言葉にもあるように、これから少しずつでも、御先祖様の供養を続けていこうと思います。 私も母も長い時間をかけて、やっと本当にすばらしい力を持った方にめぐり会えた、と心から感謝しています。これからもよろしくお願いいたします。本当にありがとうございました。    』

身内に自殺者が出た時に起こるのは、末裔の足が重くなったり、自分の体が非常に重く感じたり、体の一部に鈍痛を感じるものである。この人の場合は、供養の当日に、彼の体を自殺した霊が通過することによって、その霊が浄霊できたことを示す。力のない霊能者たちは、霊が憑依した時に、その霊を外すのが関の山である。いわゆる除霊というもので、テレビの霊能体験は、殆どがこのパターンである。浄霊とは極めて神聖なもので、感謝に満ち溢れた世界であり、おどろおどろしさなどは全くない世界である。

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