肩の荷

『 ご供養を執り行っていただきまして誠にありがとうございました。 本日ご供養の時間帯は、仕事中で瞑想は出来なかったのですが、午前11:00前にはもうそろそろだなと気にしていました。ご供養の前後は、多少めまいみたいなのがあったのですが、午後からは落ち着いてきた感じがいたしました。そして、T様もご供養が無事出来たのだなと自分なりに感じています。  またこの度のご供養が決まってから、周りの障害といいますか、肩の荷が軽くなった気がいたしました。と同時に、私自身が自然と笑顔が増えたなというのが一番の感じたことでした。改めて本当のご供養を行っていただいているということと、ご供養の大切さを感じた時間でした。 』   先祖が末裔に対して負担をかけるのは、決して本意ではない。なるべくならば、何もしないでも末裔が分かってくれさえば良いのにと思っている。しかし、大半の末裔は、自分のことが精一杯で先祖のことなど気にも留めないようだ。 事故や災難が続くと、流石に末裔は「どうしてだろう」と考え、ようやく先祖に気づくようだ。しかし、全く気付かない末裔が多い。この末裔のように「肩の荷」が下りたと感じるものは、本当に少ない。