激突

9月3日まで門司港レトロで写真展が催された。そこは、写真展を見に来る人と言うより観光でたまたま立ち寄る人ばかりだった。その中に、目の不自由な人が大勢入ってきた。中央の椅子に腰かけしばらくじっとしていた。受付にいたスタッフはその様子をじっと見ており、一番前が目の不自由な人、その後ろに介護者がいた。しかし、その目の不自由なお年寄りは、歩き始めて間もなく大きな柱に激突した。受付にいたスタッフは笑いもせずに「何なのかな」と不思議がっていたそうである。

写真展に目の不自由な団体の訪問。休憩に立ち寄ったのは間違いないが、その団体が、どのような意味があるのかを考えてみた。

門司港レトロ地区は、源平の戦いでもかなり血なまぐさい場所である。その少し先では和布刈(めかり)神社があり、20年以上前、そのあたりで骨を見つけたことがある。神社に持ち込んで、その骨が人間のものかどうかを確かめてもらった。1か月後、電話で聞いてみると、馬か牛の骨という答えが返ってきた。

平家蟹はその辺に多く住む蟹だが、よく見ると武者の顔をしている。怨霊が蟹にまで侵入するほどの凄まじい戦いだったのは確かで、動物の骨も案外そのような時代のものだった可能性が十分あった。そして、その近くにある平知盛を祀った甲宗八幡宮に入ろうとすると、白蛇が大きく口を開け、階段の中央で私を阻止したのを昨日のことのように思い出す。

未だにそのあたりが、成仏しない霊で覆い尽くされている。観光地にはなっているが、観光以外では栄える気配がないのは、不浄霊の影響だと思われる。

柱に激突したお年寄りは、その合戦にかかわりのある人のようだ。武者の生まれ変わりではなく、平家を支えていた下女か、近隣で平家を応援し、亡くなった平氏の弔いをした者たちではないだろうか。

このページの先頭へ