温泉にて

福岡県に脇田温泉という鄙(ひな)びた温泉がある。ゴルフ場がお風呂場改修工事のためそこの温泉招待券を出した。そのゴルフ場から30分ほどかかる場所だった。その日指定だったのか、ほとんど行く人はいなかったようだ。
温泉は好きだったし脇田温泉は、以前から気になっていた温泉だった。コンペが終わると、一目散にその温泉に行った。露天風呂の受付に招待券を差し出し、狭い着替え室に行くと、先ほど一緒にコンペで競った白髪の男性がいた。気さくな人で誰にでも声をかけるので、私も「こんにちは、先ほどは」と声をかけた。そして私は、コンペの様子を思い浮かべた。
コンペでは、キャディに声をかけ「どこの生まれか」とか「年はいくつか」とかの質問をしていた。
その中でも、彼が鹿児島出身であることをしきりに強調していた。そして、なぜ鹿児島弁の方言があんなに難しく聞き取りにくいかを話す。それは、江戸時代に独自の密貿易をしていたために隠密が江戸から派遣された時、すぐ発見するための工夫だったと言う。
鹿児島県民でも理解できない方言は、串木野らしい。彼が言うには、そこが密貿易の場所だったのでは、と推測していた。
以前、そのような本を読んだのを私は思い出した。しかし、同時に江戸時代の隠密を薩摩藩士が殺害している映像が浮かんだ。
淡々と話す彼の笑顔とは別のシーンが私の胸を劈(つんざ)いていた。それは、「無念」という踠(もがき)の言葉だった。そうした武者の霊を早くこちらで浄霊したいものである。

このページの先頭へ