海老蔵恋物語

市川海老蔵と小林麻央は、ある意味では理想を求めた結婚であった。
ことは江戸時代、歌舞伎好きの商人の娘(当時の麻央)は、父親と共に歌舞伎を見るのが好きであった。娘は、二階の桟敷(さじき)で市川團十郎を見て、叶わぬ恋をしていた。それを下で見ていた町人は、海老蔵の過去世の姿だった。そんな娘に恋をした海老蔵は、いつか告白をした。その情熱に打たれた麻央は、告白されたことで、心を打たれた。
しかし、父親が反対し、娘は父親の勧める人と結ばれたのである。未練が強い、そして嫉妬心の強い海老蔵は、いつしか江戸を離れ、高野山に向かった。修験者の修行をした数年後、麻央の下を訪れた。変わり果てた海老蔵の姿を見て、「来世は結ばれよう」と二人は誓った。このあたりが、赤い糸で結ばれていると思っている根拠だろう。
今世に出会った二人は、運命的な出会いをした訳だが、海老蔵は、歌舞伎の家で生まれるように霊界で懇願した経緯がある。しかし、そこには先祖たちが苦しんでいる世界があった。見かけの華やかさとは別の重苦しい世界だった。それでも、海老蔵は麻央との誓いで、道に則れた判断をしなかったようだ。自分の立場の「白」と「黒」の世界を理解していた。
麻央との結婚までが「白」で、その先が「黒」であった。「黒」の世界に突入した現在は、「こんな筈ではなかった」と嘆き悲しんでいる。彼の心には、借金まみれの親の行為を「自分とは関係ない」と言いたかったようだ。実際に歌舞伎の先祖と縁の深い魂ではなかっただけにそう思いたいのである。夢が叶った今では、「自分だけでも逃げたい」「山にこもって修行をしたい」と思っている。
昔の逃避性は、今も脈々とあるようだ。麻央にしても歌舞伎の家系になったことで満足し、それを受け入れる覚悟はできている。「がん」になっても強い意識を持ち続けているのは、海老蔵よりも男性的な部分はある。むしろ、海老蔵の方が女性的であるし、めそめそしているといえる。
二人の今後の課題は、「荒れた土地を整地する」ことにある。つまり、歌舞伎の先祖たちを救うことにある。ここは、先祖をひとりひとり浄霊することで、立ち直れる状態が来るであろう。仏教や神道などの幼稚な行為で救われることはまずない。浄霊は、科学の世界で、科学とは無縁の仏教や神道は、感覚的な自己満足の世界でしかない。
しかし、急がなければ、麻央の命が危なくなる。もう、体力が無くなる限界にきているようだ。そのことを、どのように考えるのかは、本人たち次第とも言える。本当に救うのは、疲弊した姿の麻央ではなく、歌舞伎の先祖であり、そこに真の愛を理解しているか否かのカルマが厳然と聳(そび)え立っている。

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