日本のスポーツ界

レスリングの監督やアメリカンフットボール日大監督、ゴルフの片山晋呉、相撲など様々な問題が噴出している。
いずれも幼稚で低俗な話ばかりである。日本の場合のスポーツは、非常に封建的なイメージが強く、軍国主義に近いものがある。民主的な方針は、精神的に弱いものでしかない、といった狭い見識での統率を行っている。要するに、自己本位の教え方で一方通行となっている。それで、一旦その方針が崩れると、最後まで崩れてしまう。
戦時中の軍隊、遡って戦国時代の武士の教えに匹敵する。つまり、スポーツ界で亡くなった人々は、亡くなってもスポーツ界で君臨をしていることが多い。
民主的な考えで亡くなった人は、亡くなってもその波動は柔らかく、封建的な考えで亡くなった人は、やはり封建的な影響を末裔たちに沁み込ませる。それが、今日のスポーツ界の仕組みになっている。女性蔑視からの考えから脱出できない先祖は、末裔に影響し、当然セクハラと訴えられても仕方がない。日本のスポーツ界が、民主的になるのは、封建的な先祖が存在する限りは、当分先になるだろう。私がこれらの人々を浄霊すれば、こういった問題も少なくなって行くはずである。
しかし、私の浄霊を理解するほど、日本のスポーツ界の人々は賢くはないようだ。彼らにとっては、次元の違う話に聞こえるに違いない。