政治家たち

舛添知事の問題で明るみになった公務員の財政の使い道は、甚だしく大雑把である。市民からの徴収は、遠慮なく行っているが、使途の不明金が膨大である。
スウェーデンに行った時、ガイドが市役所の案内をしていた。国としての膨大な税金を取ってはいるが、文句を言う市民は少ない。老後の費用としての蓄財を国が行っており、政治家も無償で働く経営者が半数を超えている。勿論、重要な任務は税金で賄ってはいるが、市民活動を含めた政治活動は、選挙のためのものではないので、安定している。
日本は、独特の金銭感覚があって、それが一旦安定的な生活に入ると、世間とは隔絶した生活を行い始める。
北九州の市長で、過去に自分の家の前は、する必要もない道路を整備した人物がいた。はっきり言って公金の横領に等しい。清く正しい政治家は、最初は、素晴らしくきれいなイメージだが、長年行うと、金に汚れた政治を行ってゆく。
舛添も最初のクリーンなイメージが、次第に本音を出し始め、最近は家族に対しての無慈悲さが週刊誌に露呈されるまでになった。私はそのことを昔から知っていたので、当然だなと思うし、家族愛などとは、殆ど縁のない人物である。当然、先祖のことなど眼中にないし、自分で築いた結果であると豪語する。
今の先祖との距離を見ていると、先祖は応援するどころか、かなりの距離で冷ややかに見ているようだ。実は、日本のどの政治家も、このような形をとっている。表面に出てこないが、内容はほぼ同じで、舛添を機に次第に明るみになってくる。

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