慰安婦問題

昨日、慰安婦問題でのドキュメンタリーが深夜にテレビで放映された。非常に奥が深く韓国人の意識がそこに存在した。 この問題は、父親の朴政権時代に決着され、日本は多額の賠償金を韓国に支払っていた。その賠償金は、朴政権の下で使用され慰安婦には、殆ど届いていなかった。韓国が戦後繫栄したのは、この多額の賠償金によるものだった。この影響が、歴代の大統領の腐敗を招き、汚職の根源ともなった。朴槿恵も父親の亡霊の影響下にあった。 せっかく実りつつあった慰安婦合意も、白紙に戻されつつある。 慰安婦問題が、韓国人の全ての総意ではないことは、そのドキュメンタリーで理解できた。釜山にある慰安婦資料館では、通常の歴史資料館として運営され、そこには事実があり憎しみなどは存在しなかった。それとは別に、ソウルで運営している「挺身隊」というのが日本領事館の前で慰安婦少女像を建立している。そこでは、募金制で多額の収益をあげ、さらに釜山の慰安婦を招待し、韓国人の涙を注ぎPR活動を続けている。 これを見た時、私は、昔の八幡製鉄の起業祭を思い浮かべた。見世物から外れた場所で、体中に包帯を巻いた、しかも片足がない男が、両杖を突いて一日中立っていた。足元に洗面器を置いて、心ある人がそこにお金を入れていた。幼いながら私は彼を観察していた。「大変だな」とも思った。そして、誰もいなくなった時、彼は暗闇に入った。 しばらくすると、包帯がなく両足のある男が、草むらから出てきた。私は身を潜めて、その行動を眺めていた。翌日も翌々日も包帯姿で現れた。 人間は、お金のためなら何でもするのだと、幼い気持ちでも観察出来ていた。 釜山の慰安婦組織と金もうけのための「挺身隊」とは、全く違うのだと分かった。 ただ、最後に若い韓国人は「与えた拷問は、すぐに忘れるが、与えられた屈辱は一生忘れることがない」と言っていた。金銭的な問題よりも「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」という怨念は、生霊、生き死霊となって、今の韓国人の心の中に脈々と存在しているのである。

このページの先頭へ