実感

『 朝夕は日ごとに涼しくなってまいりました。

先日は先生のおかげでご供養を行っていただき誠にありがとうございました。

実はS様のご供養は7月にお願いする予定でしたのに、都合で遅くなってしまいました。

申込みが遅くなってS様ががっかりされたのでしょうか、夜ごと左の足首がひきつり、すごい痛みに足の置き場がないくらいでした。日が過ぎるほどに、ついには両足首に痛みが走るようになり、待っていただけるようにお断りを申したのですが、苦しさが続いていました。

ところが、ご供養の依頼をしたとたん一度も痛みが起こりません。不思議な思いをしました。

ご供養が無事に済んでお手紙をいただいて本当に安心しております。

先祖供養の大切さを今更のごとく感じます。生命あるかぎり頑張って行きたいと思います。

どうぞよろしくお願いいたします。  』

 

当人の激痛は、先祖からのお知らせである。そのお知らせが、供養後に取れたり、供養を申し込んだ瞬間に取れるのは、先祖がその苦しみから解放されたことを意味している。こちらの供養が本物だということを先祖があえて知らせている。そして、供養を続けて欲しいとの気持ちが込められている。

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