墓じまいについて

『 父方墓所があるお寺の墓地には、以前はもっと多くの家々のお墓があったのですが、時を経るごとに、随分と数が減っていました。
余所の墓地に引っ越してしまったのか、それとも地元に末裔がいなくなったか、それとも絶家したかで無縁墓となって墓じまいされてしまったのか。
ちなみに墓地の一角には無縁墓となった多数の墓石を積み上げて作られた供養塔がありますが、近づいてみると気持ちが重苦しくなり正直気分のいいものではありませんでした。
それに父方実家の大元の本家であり庄屋をしていたY家でも墓じまいと同じような出来事が起こっていました。
庄屋のY家は、確か戦前だったと聞きましたが、関西に移り住んでしまったのですが、一部のお墓を残して後年墓所ごと全てどこかに引っ越してしまったのです。
そもそも明治の世になっても地元では名士だったはずの本家が、長年住み慣れた郷土を離れて、何故余所に移り住まなければならなかったのか、それにお墓まで引っ越してしまうと言うのは、本家と分家の家々との不仲から長年積もり積もったものが遂に大爆発したような余程の出来事があったのでないか勘ぐってしまいます。
ちなみに庄屋屋敷は戦前までに火事で焼けてしまったとのことなので、ご先祖様が相当荒れた状態に在ったのは間違いないと思います。
父方ご先祖様のご供養を進めていくことで、過去のいさかいで溜まりに溜まった負の意識が少しでも癒やされることを心から願っております。 』

 

星椎水精先生のコメント

元々、本家分家の諍(いさか)いは、成仏していない先祖同士の争いから起こるもの。そのことをしっかりと理解していれば、大きなもめごとに至らずに済んだものを・・・。
先祖を無視すると、最後はこのような墓じまいになってしまう見本のような出来事である。

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