国境の島

長崎の対馬に行ってみた。壱岐には行ったことがあるが、対馬には行ったことがない。ちょうど日本と韓国の中間に位置する対馬は、大きな島の割には、人口3万人しかいない。島の形は、隠岐島に似て北と南に分かれている。産業がないが、道路は整備されている。島の人は知らないようだが、国境近辺の警備のために高性能のレーダーサイトがあり、ミサイルの配備がされている。そのための道路整備であろう。

どこへ行っても礼儀の全くない韓国人が多い。「韓国人お断り」と書かれた店もあるようだ。韓国人が多いのは、ちょうど「アリラン祭」という朝鮮通信使を祝う大規模な祭りが行われていたからで、私はその祭りそのものも知らなかった。調べると、古代から島を統一していた宗氏が、鎖国時代でも朝鮮との貿易を欠かすことがなかったという親睦の祝い行事であったようだ。ただ、ホテルも韓国人が経営するホテルだったので、日本人客がいなかったのは当然と後から気づいた。夜になると、姫路がホテルに帰りたくない、と言って私を困らせたが、彼女は兵士が見えると言って怖がっていた。

これも後から調べてみた。内容は次の通り。

「太平洋戦争が終結したばかりの昭和20年10月14日、博多に向けて対馬を出航した貨客船珠丸が、壱岐勝本沖で触雷、沈没するという事件が起きた。当時、対馬には朝鮮半島から引き上げ、祖国をめざす多くの引揚者がいつ出るとも知れぬ博多便の船を待っていた。この日、ようやく出航した珠丸には大陸から引き上げる復員兵や引揚者など千人を超えるともいわれる乗客が乗っていた。さらに乗船名簿に記載されないまま乗り込んだ人々も大勢居たとされ、正確な犠牲者の数は今もわかっていない。終戦直後の混乱期のこととて、この事件はマスコミにもあまり大きく取り上げられなかった。」

夜もホテルの廊下をウロウロする霊がいたが、スタッフの部屋に結界を作ったので、少しは落ち着いて眠れるだろうと考えた。彼女の言うように、兵士の霊は、我々を頼って来たものであろう。

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