出水市

休日を挟んで、夕方から鹿児島の出水市まで行った。17時を過ぎると周囲が真っ暗になり、車がどこを走っているのか分からなかった。高速道路を降りて海岸に行くと、水俣という表示が目に入った。かつて、水銀汚染で有名になったチッソ水俣工場が思い浮かんだ。
深夜にもかかわらず水蒸気が激しく上昇している工場がそうかも知れないと思いながら、鹿児島に入った。そこからは、ビジネスホテルは遠くはなかった。
翌日、ホテルの窓を開けると、近くに特攻隊の記念碑が建っていた。戦争は終わってはいないと感じた。国を守った若い命の存在がひしひしと伝わってきた。
素朴でおいしいホテルの朝食を終えると、鶴の飛来地へと向かった。そこは、北海道の釧路と姉妹都市で、釧路は丹頂鶴、出水はマナヅルやナベヅルなど様々な鶴が飛来する。
しかし、鶴の北帰行が始まって鶴が見られなくなる前に出水に来たかったのである。この鶴は農家にとって有り難い存在で、害虫などをよく食べる。鶴の朝食時に行ったので、数百羽はいたようだ。そこの鶴は、人を怖がってはいなかった。人との調和が良く出来ていた。しかし、鶴は釧路のような雪景色がよく似合う。
帰りに道路を渡ろうとした鶴が、私の車を横目で見ると、2,3歩下がり、私の車が通り過ぎるのを見計らって道路をゆっくり渡っていた。まるで遠慮深いお年寄りのようだった。
さらに3号線を車で帰ってゆくと、明治時代の薩摩藩と思える兵隊の隊列が脳裏をかすめた。「アッ西南戦争だ」と咄嗟に閃いた。西郷隆盛を団長とした、薩摩藩士の長い行列だった。本当に、成仏していない人たちはまだまだ大勢いるのだなと感慨深く帰路についたのだった。

このページの先頭へ