光陰矢の如し

『 このたびは高祖母 T様の養父母様の浄霊と私自身の生霊外しとオーラを厚くする儀式とを執り行って下さりまして、本当にありがとうございました。
メールを頂きお返事を入力しているとき、にこやかに微笑む着物姿の女性が脳裏をよぎりました。恐らく高祖母 T様に違いなく、大正4年に亡くなられて以来、百年以上の時を越えて養父母様のご供養への喜びを伝えて下さりました。
養父母様が生きた時代、江戸後期から幕末前後を偲びました。
 儀式前日は朝から右肩がひどく肩こりしました。これが無数の生き霊たち最後の抵抗だったように思えました。 
浄霊の時間にまぶたを閉じると、幾つか小さな光の点が漂っているのが見えました。間もなく全身が左右から大きな力で圧迫されたと同時に、強くジーーーンとしてきて上半身から何かが抜けて行ったように感じられました。養父母様が生きたと思われる江戸後期から幕末前後の時代から、百数十年の時を超えて親戚同士の強い絆のようなものを感じました。
私はアトランティスの神様と星椎先生に心の中で何度も感謝しました。目の前では激しい稲妻のように色とりどりの眩しい光で満たされました。
生霊外しとオーラを厚くする儀では、まぶたを閉じると目の前を無数の黒いちりのようなものが物凄い勢いで横方向に吹き飛ばされていきました。あたかも自分自身が巨大な竜巻の渦中にいるように感じられました。目の前でも黒いモヤモヤしたものがいくつも現れては消えていきました。しばらくして右半身がジーーンとしてきて暖かい雰囲気に包まれ癒やされていくように感じられました。私は再び合掌してアトランティスの神様と星椎先生に感謝しました。それから初めて水晶ネックレスを身につけました。
最初は首回りがひんやりしましたが、直ぐに暖かくなりました。
事務所に戻り仕事を再開してしばらく胸の中が清々しく満たされました。
そしてにこやかな表情で寛いでおられる着物姿の老夫婦が一瞬脳裏に現れました。
星椎先生の大変なお力で養父母様が真に成仏を成し遂げたことを私は実感し、仕事の手を少し休めて心の中で感謝しました。
 その後ずっと忙しい状況が続いていますが、仕事中は以前よりも集中できるようになりました。また私は居眠り常習犯でしたが、居眠りに落ちることが少なくなりました。
家族も勤め先の人々も私の何かが変わったことには全く気付いていません。ただ、私に対しては、強力な盾で守って頂けていて、通勤の行き帰りで車を運転しているときは、車の御守りとダブルで鉄壁のごとき防御で周囲のマイナスエネルギーから守って頂けているように感じられます。
いつもは入浴時以外、日常も就寝時も水晶ネックレスを身につけていますが、水晶が私自身の持つエネルギーと共鳴しているようです。
大勢の成仏出来ていないご先祖様を背負った私は、子供の頃から今まで周囲から異質な存在と見なされていました。思い返すと私は子供の頃から少年の溌剌さや無邪気さが欠けていました。その後高校時代になって、私を色眼鏡で見ず普通に接してくれる友人や後輩が現れたことがどんなに有難かったことか。
それ故自分が50年間の人生の中で如何におびただしい数の生き霊を背負ってきたか、それを背負ったまま今後生きなければならなかったとすれば、どんな余生を送らなければならなかったと思うと、正直空恐ろしいです。
星椎先生の大変なお力で私自身の魂の大掃除をして頂けました。
星椎先生に現世で出会えたことが何度感謝してもし足りません。
ご先祖様のためにもっと頑張っていこうと思います。
 一方で2/2は朝から大変冷え込んでいましたが、暖房の効いた事務所にいても、手足の冷えが中々治まりませんでした。翌2/3土曜日は休日出勤しなければなりませんでしたが、やはり手足の冷えが続きました。自分自身の経験上、これはご先祖様からの助けを求める訴えに相違ありません。生き霊の邪魔がなくなった分、ご先祖様からの訴えがより敏感に伝わってくると思います。
 この2月には父方祖父方Y家の私から見て7代前のご先祖様ご夫婦の浄霊を申し込もうと思います。過去帳からお名前や戒名が分かる最も昔のご先祖様です。
2/4の午後にお手紙を受け取ることが出来ました。
お手紙を広げると目の前に眩しい光のようなエネルギーが広がってきました。
「時代は流れても、ずっと親戚じゃ!」そのように脳裏に響きました。
百数十年の時を超えたご先祖様との喜びと一体感を感じました。
父方高祖母様始め父方ご先祖様も大変喜んで下さっていると思います。
心からありがとうございました。いつかはY家ご先祖様のスーパー浄霊が受けられますように、これからも頑張っていきます。
アトランティスの神様、星椎水精先生、宇宙クラブスタッフの皆様方、このたびも大変お世話になりまして、何度も繰り返しになりますが、本当にありがとうございました。 』



星椎水精先生のコメント

時間の経過というのは、あっという間の出来事に過ぎない。
30年ほど前に四国の土佐に行った時、坂本龍馬の親友であった中岡慎太郎の生まれ変わりという男と出会った。「背中の刀傷が痛い」と言っていた。
仕事半ばで身内の見回り役から暗殺された、ということまで記憶していたようだった。転生はしたものの、残留魂は墓に残したままでいた。本来の役目を果たせそうもない様子だった。
仙人のような生き方をして本人は満足していたが、先祖も助けずにそれから先はどうしたものかと推測するしか私としては出来なかった。
月日はあっという間に経ってしまったが、この短い一生を有意義にするのは、やはり先祖を助けてゆくのが正しい道で、それが終わった時に、はっきりとした自分の将来が見え始めてくるのである。