先祖への意識 

『 先日は、私のご先祖様を御供養していただき、誠にありがとうございます。 当日は、仕事で、朝から手がうまく動かず、失敗ばかりしていましたが、昼からは、普通にできました。何か軽くなった感じでした。 瞑想できませんでしたが、御供養後の感じで、なんだかホッとしました。 しかし気になったのは、曇り空で小雨が降っていたことです。 実は、数日前、叔母から私の母にパッチワークの手作りのカバンが3つ送られてきました。私の分も ということでしょう。しかしながら、あまりに地味な感じで、とうてい持たないと思い、母がくれようとしたのを断りました。 カバンも、使う人にもらってもらった方が喜ぶでしょうから。 でも、後から考えたら、ご先祖様のお礼だったのではと思いました。 私が気に入らないで、さぞかし残念であったことでしょう。この雨は、そういうご先祖様の気持ちなのではと思いました。 他にも、あまり親しくない人からなのですが、ビーズで編んだ、ミッキーマウスの柄のストラップをもらいました。突然だったので驚きましたが、とても嬉しい気持ちになりました。ご先祖様からもらったような気がします。 本当にこの度もご先祖様を救っていただき、誠にありがとうございます。 まだまだ、ご先祖様の気持ちになれないでいますが、これからも、真剣にご先祖様のことを考えて御供養に励もうと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 』 先祖の気持ちを理解している人が、本当にどれほどいるのだろうかと思う。先月、野球の仙台球場では、あまりに不振続きと言うので、観客のいる前で神道によるお祓いが行われた。亡くなった霊がたくさん来ているという直感だろうか、霊に対して「あっちへ行け!」ということなのだろう。 テレビ朝日のスタジオでも、霊の放映直前で、神道によるお祓いを行っていた。そこにいた霊たちは、お祓いしても一向に効き目がなかった。それどころか、霊の存在を認めてもらって、少し有難かったようだった。先祖のことを各自の家が、上記のように意識していれば、各地での不吉なことなど起こらなかったであろう。