先祖の視線

『 昨日、父が原因不明の高熱を出し意識が朦朧(もうろう)とし、3時間ほど大変だったと今日、病院に行って看護婦さんから聞かされました。
今日には熱も下がり、夕食から食事も摂っていましたが点滴をしていました。
父は、いつもと変わらない顔つきでしたが看護婦さんも「昨日は、何だったのかしら??」と首をかしげていました。
実は、昨日両親が以前熱心にやっていた宗教教団の65周年を迎え記念式典があり、人数が足りないと言う事で私も駆り出されました。
特に、私は普段何もしていません。両親も今は籍を置いているだけと言う状態です。
全国そして海外から22000人以上の人が集まって、神を敬い、ご先祖様を大切に、感謝の気持ちをもって、世の為人の為に、欲を持たず、そして自分の悪い癖を正し、お釈迦様の教えをこの末法の世で救われるべく広めましょう!と説いていました。
私は、会場でこれだけ沢山の人々が星椎先生に辿り着けたなら、どれだけ日本は平和になるだろうか…と思うと同時に、こんなに熱心にやっていても、気付けない難しさも垣間見ることができました。
以前、「この宗教を良く思っていない先祖がいる。」と言う事を先生が仰っていたので、一応、ご先祖様に誤解をされては…と思い、仏前で、「出席はしますが、関係はありません。これからも星椎先生の元ご供養させていただきますので、ご安心ください。」と挨拶して出掛けたのですが、父に変調をきたしたのはお怒りになったのでしょうか?
くれぐれも星椎先生に宜しくお伝え下さい。有難うございました。 』

星椎水精先生のコメント

先祖の怒りが、父親を通して表現したに過ぎない。どの宗教団体もそうだが、全ては金銭的なことでつながっているに過ぎない。彼らの「欲」は、人を助けるというより、自分たちの生活を維持しようという本音が表れている。それを見抜いている先祖たちは、「ハラハラ、ドキドキ」しながら末裔を見守っている。

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