僧侶の浄霊

『 先日7/24(火)は父方のいにしえのご先祖様(江戸時代の位の高い僧侶だった方)のご供養を執り行っていただきまして、本当にありがとうございました。

長くて拙い文章で申し訳ありませんが、私自身が気づいたことを報告いたします。

当日午前11時、瞼を閉じて合掌して、「アトランティスの神様、星椎水精先生、スタッフの皆様、どうかご供養をお願いします。」と心の中で願いました。少ししてから瞳の前に眩しい光が広がりました。前回よりも心が落ち着くことが出来ました。しばらくして自分の頭からじわっと何かが蒸発したように感じました。ほんの一瞬ですが、一人の僧侶が上方に上がっていく様子が見えて、多分感謝の言葉だと思うのですが遠くの方で言葉が小さく聞こえました。

すると目の前で左右からメラメラと白い炎が激しくわき上がってきました。次に目の前に明るく輝く力強い炎?が横一列に並んで下から噴き上がりました。何か大変重たいものを上に持ち上げるために現れたように感じました。そして目の前で何個かの大きくて重たそうな塊が、一つ一つ順番にゆっくりと上方に上がって行きました。

皆様方にと感謝しました。私は事務所の外に出て空を仰ぎ、「どうか末裔の皆様、そして故郷とお墓のある地、ひいてはこの日本の国をどうか見守って下さい。」と願いました。

空は少し曇っていましたが、眩しい夏の日差しが真上から降り注いでいました。自分の席に戻ってデスクワークを再開したとき、一人の僧侶が安堵の表情で脳裏に現れました。

ほんの一瞬ですが大勢の僧侶による荘厳な読経のようなものが聞こえました。私は仕事中にもかかわらず数秒間瞼を閉じて感謝しました。午後から歩いているとき、自然と背筋が伸びて良い姿勢になっていくのに気づきました。椅子に腰掛けているときにも同じように良い姿勢になります。

このたびのご供養で380年以上にもわたる長年の苦しみからようやく救われたことを実感出来ました。帰宅してから仏壇の前で合掌したときに感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。

恐らく亡くなられてから今日まで、代々の末裔に様々な出来事を通じて訴え続けていたはずです。

疎遠になってしまった親戚や何代も前のいにしえのご先祖様であっても、意識でつながっていることが本当に実感できました。

何時何が起こるか分からないし何が起こっても不思議ではない現在、ご先祖様が見守って下さっていることが大変心強く、何事にも代え難く有り難いです。

まだご供養を待っておられる父方母方双方のご先祖様をこれからも決して諦めることなく助け続けていきます。  』

 

高僧というのは人間が決めた身分で、地球の神が決めたものではない。今の人間は非常に愚かで、地球を理解しておらず、ましてや宇宙のことなど理解に至っていない。

この宇宙に地球の人間しか存在しないという馬鹿なことしか考えない。私を批判するものが今頃になって、本当だと気が付き始めている。

魂になれば、本当の姿が理解できる。本当の高僧ならば、釈迦のように自力で霊界の扉を開くことができる。しかし、釈迦は霊界を通り抜けて別世界へは行かず、自分の教えが伝わって行けたかどうかを見守るために、日本や東南アジアの一部の国を静かに見守っている。決して釈迦は転生など有り得ない。釈迦は地球の一部を見守るために、必要上、魂の器が大きくなっている。大きくなった器に、どうして人間の小さな肉体に入れるのか、そのことすら分かっていないものが、この日本にいる。そのようなものは、神罰が来て、家が荒れ、最後は発狂する。

この高僧は、現在、自分には力が無かったと悟っている。そのことが分かったので、「眩しい夏の日差しが真上から降り注いでいました・・・」という僧侶からの感謝と宇宙の理解を得たようすがこのような映像となったのであろう。

 

 

 

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