供養の共鳴

『 ご先祖様にまつわる不思議な出来事がありました。 去る1/24(日)に父親義兄である伯父さんの三回忌法要が執り行われました。 伯父さんは父親の長姉の夫様に当たります。 伯父さんは一昨年末期ガンで亡くなられまして、翌月に星椎先生から浄霊して頂けました。 三回忌法要の前日から天気予報で大変厳しい寒波の襲来が伝えられていました。 幸い積雪がなく郊外にある葬祭ホールに支障なく出掛けることが出来ました。 一周忌法要の時と比べて伯父さんの遺影に明らかに生気がみなぎっているように見えました。 厳かな雰囲気の中でお坊さんの読経が終わると、参列者一同マイクロバスで墓参に出掛けるのですが、墓所が風の通り道のような地形にあるのと高齢の方々もおられるので、厳しい寒さが正直気掛かりでした。 ところがいざ墓所に着いてみると、それまでの厳しい寒風は静まり、雲間からの日差しのおかげで寒さを感じることがありませんでした。 参列者一同大変助かりました。 墓前での合掌の順番待ちの際に、私は墓所で伯父さんのご両親のお名前と命日を確認しました。 すると脳裏で「わしらは後で良いから」と話しかけられたように感じました。 でも、父方祖父のきょうだい全員の浄霊が終わったら、次に必ずお助けしようと思いました。 マイクロバスで墓所から葬祭ホールに戻る道中で突然空が曇り始め、雪が激しく吹きすさび始めました。 伯父さんが墓参の間に身内の皆様方を護って下さっていたように思えました。 その後の精進落としの宴席は穏やかな歓談で過ごせました。 伯父さんが末裔や身内の参列者一同を見守って元気づけて下さりました。 末期ガンで骨と皮だけになって亡くなられた伯父さんが星椎先生の大変なお力で死後の大変な苦しみから救済されたことが何事にも代え難く本当に有難かったです。 』


星椎水精先生のコメント

供養を申し込む方と供養をしてもらう方の気持ちが一致した時、このような不思議な出来事が生じる。これを供養の共鳴という。他の宗教では、このような言葉すらないし、理解するすべを知らない。それは、本物ではない、ということにもなる。 ただ大切なのは、自分や身内を助けるためだとか、お金のためだとかを考えては、この共鳴は生じない。供養する人が本物かどうかで、この供養の共鳴が生じたり生じなかったりする。現在、金銭的な問題以外で、こちらでの供養を辞めたり中断している人は、自己中心的な発想であることは間違いない。それは、供養の共鳴が永久に生じることはない。