京都駅

毎年、お盆前かお盆には大津へ行き、そして、京都駅から新幹線で北九州に帰る。京都駅のホームで新幹線を待っていると、使い慣れない日本語で「すいません、この切符、大丈夫か?」と多少みすぼらしい30歳前後の男が私に尋ねてきた。 その切符は、新大阪から福山までの新幹線の切符だった。しかも、3枚あり同じ行き先で、途中下車のスタンプが押されていた。そして、ここが京都駅だという日本語が分からずにホームまで上がってきたようだった。 私は、「ここは京都駅だから、この切符は次の駅からだよ」というと、何度も首をかしげて理解できない様子だった。少し考えて見ると、この男は中国人だと分かり、電車のトイレに置き忘れた誰かの切符を拝借し、京都駅からその切符を使おうとしたようだった。「どこで拾ったのか」と聞こうとした瞬間、その中国人は他の人に聞いていた。 どこの国に行ってもみすぼらしい中国人だけは、ルールをわきまえない横着な顔をしている。中国3000年の歴史というが、彼らは一つの民族ではない血なまぐさい戦いの人種に過ぎない。従って、その半数以上が霊的にも先祖は低い状態にある。彼らの背後には、入り乱れた複雑な先祖が右往左往している。私は、血なまぐさい黒ずんだものをその男の背後に感じた。