五島の旅⑤ 2日目 後半2

福江港から上五島まで高速船で30分だった。タクシーをすでに頼んでいたので、ターミナルの入り口で待機してくれていた。ホテルまで1時間の道のりで、翌日の観光について運転手は、心配してくれていた。それは、台風が向かってくるので、観光はやめて朝早く帰った方が良いだろう、と説得してくれたのだ。その車中で、隠れキリシタン洞窟の話になった。キリシタン洞窟の話は、福江島でも耳に入っていた。その洞窟へは、船でしか行けない場所だった。漁船で行く場合と、最近では観光船で見学する場合の2通りだが、いずれも3日前には予約しないとダメだった。
隠れキリシタン洞窟 そこで、詳しく調べてみると、かなり残酷な話である。江戸時代とかではなく、明治時代初期の話だった。隠れキリシタンは、250年我慢し続け、最近になってようやく解放された、という内容の事実がある。その当時は、生活が非常に苦しく、何かに縋(すが)らなければ、生きてゆけなかった。その時に、キリスト教の布教者が、ポルトガルから訪れ、福江島に伝えたが、秀吉から家康、徳川家に至るまでことごとく弾圧を繰り返し、追い込まれ、北の上五島まで次々と弾圧して行った。それでも、表は仏教や神道を行なっていても、役人がいなくなると、キリスト教を信心していた。その中でも、明治になっても弾圧の手は緩めることがなかったので、迫害を逃れるために、船でしか行けない断崖の洞窟に、4家族8名が身を隠した。しかし、魚を食べるために焚き火をしたことで、たまたま通りかかった漁船に煙が見つけられ、捕まってしまった。水攻めなどの厳しい拷問を受けて亡くなった、という話である。
この島の暗く重い風土には、この浮かばれていないキリスト教徒が、人々の心の中に強く存在しているようだ。福江島とは違う要素が、確かに存在した。