事故

昨日、中国道を通って山口まで行こうとしたら、途中で事故を3度見た。最初は、中年の金髪女性の乗った黒いミニバンが、茶髪の男性の乗ったスポーツタイプの車に追突し、路上で喧嘩が始まり、警官たちが仲裁していた。 次は自衛隊の車列の一番前のトラックが路肩で自損事故を起こし、自衛隊員が協力して調査し修理していた。 最後は、反対車線であったが、自動車6台を運ぶ大型トラックが、乗用車と接触事故を起こし、横転して道路を2車線封鎖し、かなりの渋滞となっていた。 1時間足らずの高速道路で3度も事故に出会った。車での運転は、ほんの数秒で大事故にあうこととなる。現在のように車間距離を殆どとらない状況では、いつ事故にあってもおかしく無い。 事故というのは、起こすべくして起こっている。つまり、目には見えない先祖たちや地球の神々への感謝の気持ちがあるかないかで事故が起こるのである。 昨日、島根の出雲大社の駐車場で1週間ほど経った遺体が発見された、というニュースがあった。ここで分かったことは、出雲大社で働いているものが、大国主殿に普段から感謝をしているのかというものである。答えは、感謝をしていない、ということである。彼らがどんな言い訳をしても、ニュースで取り上げられたことを恥ずかしいと思わなければ、さらに大きな事故や事件に成りかねない。 事故や事件は、先祖や神々に対する冒涜でもあるのだと理解しなければならない。

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