上杉謙信

  中越地震の3年後、私は新潟に行った。地震の痕がどのようになったかを知りたかった。 しかし、狭い幹線道路両脇は、その当時、復旧が遅く、家が崩れたままになっており、半数が復旧の目途が立たなかった。 そして、タクシーで小地谷市という場所まで案内してもらった。崩れた橋は修復され、鯉の養殖場も復旧されつつあった。その帰りである。小さな橋を渡ろうとした時に右手の丘に、黒い馬に跨(またが)って私を見下ろす武将の姿が見えた。紫色の甲冑(かっちゅう)で顔は黒くて見えなかったが、勇ましく凛々しい感じだった。 そこで私は、タクシーの運転手に「紫色の甲冑の武将はいますか?」と尋ねた。 「え、えっ?」と言って運転手は聞き直した。 「いや、そこに紫色の鎧を付けた武将がいたもんですからー」と言うと、 「いるのじゃないでしょうかね」と運転手は首を傾げた。 私は、あれは確かに上杉謙信だと確信していた。 そして、昨年、石川県の能登半島から新潟の佐渡島にレンタカーで走ってみた。小松空港から能登半島へ行く途中に七尾市があり七尾城は上杉謙信の居城だった。そこへは立ち寄ることはなかったが、和倉温泉に泊まり、翌日、半島突端へ行き海岸線から新潟へ行こうとするが、どうしても七尾城へカーナビが導こうとして止まることはなかった。 新潟へ行く高速道路に入って、案内が通常に戻った。その間にも、とんでもない道路への案内を何度も繰り返していた。やはり、カーナビを狂わすくらいだから、謙信は相当意思の強い人だったのだな、と当時から考えさせられた。 今回、何度も頭の中で、謙信を浄霊すべきだと、謙信からメッセージが来ていた。そこで今回、依頼はなかったが、上杉謙信を浄霊するに至った。 浄霊後、涙が突然噴出した。地獄界ではかなり苦しい思いをしたようだった。本当に胸のつかえが取れたようだった。今後は、日本を守る武将霊として、頑張るに違いない。