パラオ

  連休中にパラオに行ってみた。 成田からグアム、そしてパラオに到着。グアムでは4時間も待たされた。パラオがアメリカ領であると初めて知った。 どこにいても日本人ガイドがいるので、非常に安心していられるのは、有難い。 ただ、グアムでは、いつ北朝鮮からのミサイルが飛んでくるのかは、心配であった。戦争は僅かな隙から襲ってくるので、油断はならない。 パラオ空港は、小さな島の空港で、派手さのない穏やかな南国の特徴があった。マスコミが天皇陛下を迎えた記念塔ばかりの島を映していたせいか、貧相なイメージが植え付けられていたが、実際は、まさにリゾートに値する島だった。広大な自然は、メキシコのリゾート地カンクンよりも落ち着く。 パラオは、第2次世界大戦の激戦地だったのだが、自然がその激戦地を鎮めてくれていた。勿論、海の状態が気がかりだったので、シュノーケリングで近海を見てみた。サンゴで出来た島なので、浸食は激しかったが、サンゴの状態は非常に良かった。 島から少し離れた海で魚に餌付けをするために、手にエサを載せた瞬間に数百匹の魚が集まり、エサの取り合いになった。2、30センチほどの魚には強い歯があり、噛まれるととても痛かった。すぐに餌を放り投げたが、ホテルに帰って彼らを思い浮かべた時、そこで亡くなった戦没者がいたと映像が飛び込んできた。戦没者の浄霊は、急がなければ、と思った。 パラオは、スペイン、ドイツ、日本、アメリカと次々に占領国は変わってきたが、住民たちののんびりとした穏やかな気持ちは、変化しなかったようだ。 アントニオ猪木島というのがあって、猪木がパラオの大統領から記念にもらった島がある。年に一度猪木は来るという。日本語が話せる現地人が多く、彼らはとてもやさしい。戦時中は、日本人が彼らに優しかったことを証明している。 パラオは穏やかでエサの豊富な場所しか棲まないというジュゴンの生息地でもある。

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