チンギス・ハーン

カラコルムでは、京都のような碁盤の目状に作られた都が出来ていた。日本でいえば、鎌倉時代。ハーンが何故、強大な領土を統一できたのかと言えば、馬や羊を飼っている主が、10の部族を作り、そこに長が治めた。その長を10人集め、さらに長を作った。軍隊の訓練もその指導の下に、長だけの連絡で一気に大領土を短期間で築いたようだ。
そのハーンは、常にシャーマンらしきものを傍に置き、戦略を聞いていたらしい。そのシャーマンたちの上があって、最終的な決断をする時は、「天」と呼ばれるものに会いに行くという。
その「天」は、小高い山に存在し、ハーンはそこへ一人で行き、誰も寄せ付けず、1週間から2週間ほど山にこもる。
彼がモンゴルを統一するにあたって、その「天」が、「お前はもうすぐ天下を統一する。その応援をするが、こちらの条件を聞け」と言ったそうだ。その「天」が欲しかったものとは、美しい女性を10人ほどだという。ハーンは、その条件を飲み、天下統一した時、実行したらしい。そこでのモンゴルの古文書は、「天」はどうも宇宙人ではなかったろうか、との見方があるようだ。モーゼの話と重なる。
ハーンが、簡単に諸国を統一できたのは、そこの土地の宗派を尊重する、という考えがあったようだ。平和を築くという理念は、民衆からすれば、非常に受け入れ易い。
ハーンが亡くなって、フビライの時代になった時、国に宗教がないと不安をもった。実際にはチンギス・ハーンも同じ考えだった。そこで、宗教として取り入れたのが、チベット仏教だった。今もモンゴルでは、チベット仏教を取り入れてはいるが、そこに存在感を感じることがない。それは、ソビエト時代にモンゴルが共産国の属国として位置していたために、宗教を否定されたのだった。ソ連崩壊後、モンゴルは、共産国からうまく脱し、再び仏教を取り入れたが、非現実的なチベット仏教を信じる人も少なくなっていったようだ。
私がカラコルムに行った時、遺跡の一角にチベット仏教徒の寺があった。そこでは、チベットの僧たちがお経を唱えていた。ハーンが意図する宗教は、もはや時代錯誤のようだった。だが、初めて見たチベットの僧侶は、1000年前に私を引き摺り降ろした。ハーンたちの顔が見え、自信にあふれた服装だった。だが、誰一人成仏しておらず、私の肩や腰、両足にまとわりつき、私は精神的にも重い状態となり、翌日の下痢や嘔吐となったのである。私にモンゴルの誰かが、彼らの浄霊を依頼すれば、いつでも引き受けるのだが・・・。

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