ギリシャ(3)

エフェソス

3日目はクシャダスというトルコ領に船は向かった。しかし、その朝、私がいつも使う香水が無くなっていた。そのことはあとで話すとして、早朝に入港したそのクシャダス港は、エフェソスという古い遺跡のある港でもあった。かつてローマ帝国が繁栄していた時のとても古く未開の遺跡でもあった。日本人には殆ど知らされていない。
広大な遺跡の手前には、イエスの妻であったマリアが最後に生活していた場所を訪れた。寂しい場所でもあった。そこにマリア像があったり、住まいと思われる場所に案内されたが、マリアはそこにはいなかった。最後の苦しく寂しい生活には馴染めなかったようだった。というか、本当にそこにいたのかは非常に疑問でもあった。キリスト教はマリアをほめたたえるが、そんなに霊格は高くはない、普通の女性のようだ。
その後、ひとつ山を越え、遺跡に向かった。最初は、汚い遺跡だと思ったが、商店街の名残や音楽堂の跡を見ると、かなり高度な文明があったと知らされる。この広大な遺跡もまだ相当未開発になっており、それを修復するには相当の年月を要するようだ。 エフェソス2 道は全て大理石でできており、奧へ行けば行く程、その広大な遺跡が見えてきた。ドーリア式の門がいくつもあり、その美しさはイタリアのポンペイを彷彿とするものだった。繁栄の陰に売春宿などを備えて、水洗式のトイレなどは、さすがにローマ時代だなと感じさせた。最後に巨大な音楽堂があり、2階建ての図書館は遺跡といえども素晴らしかった。 エフェソス3 音楽堂は、イタリアのコロッセオに似たもので、3万人を収容できるものだった。観客席と舞台の間の広間でライオンと奴隷の戦いが催されていたようだった。その横の抜け道を通ると、動物の通った匂いがしたし、奴隷の殺された死体の匂いを霊的に味わった。音楽は素晴らしいが、その娯楽としては決して良いものではなかったように思える。ギリシャ人の芸術性とローマ貴族の傲慢さが同居したもののように感じた。
その遺跡を去る時、出口から出たあたりでのおみやげ屋の前で、何気なく素通りすると「日本人貧乏!」とトルコ人が叫んだ。