お盆の日

お盆の日に遠出はせずに、下関まで出かけた。関門大橋を越えようとした時、そして、帰りにも海峡を見ると、源平の合戦が霊となっても行われていた。 霊になる寸前に考えた結果が、霊となっても同じ行動をとるものだ、と理解できる。 例えば、科学者が研究室で顕微鏡を覗きながら死んだとすれば、霊になっても顕微鏡を覗いている。 東北の人形制作者・鶴巻三郎の高価な人形をケースごと譲り受けたことがある。置いている内に、様々な霊現象が夜なると起き続けていた。そして、すぐに廃棄してしまった。 それは、鶴巻三郎自身ではなくて、譲り受けた人の執念だった。 人は死の直前に起きた意識が残像となって霊で具現化し、数年数十年数百年と同じ行動を起こす。 お盆の日は、その行動が花火のように身近で感じるようになる。それは、先祖霊が必死になって訴えているからだ。末裔は、そのことをよく理解しなければならない。